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変化の時代に求められるリーダーシップとリーダー育成 ― 成人発達理論を活かす方法

目次[非表示]

  1. 1.はじめに - 変化の時代に求められるリーダーシップとは
  2. 2.成人発達理論とは ―リーダーシップ育成に活かせる認知の枠組み
  3. 3.成人発達段階とリーダーシップの関係
  4. 4.なぜ企業はリーダー育成に成人発達理論を取り入れるべきか
  5. 5.リーダー育成で成人発達を促す 3つの条件
  6. 6.実務への落とし込み方 ―リーダー育成に応用する方法
  7. 7.長期リーダー育成プログラムのモデル
  8. 8.人事部門が果たす戦略的役割
  9. 9.まとめ - 成人発達理論を活用したリーダー育成が組織を変える

はじめに - 変化の時代に求められるリーダーシップとは

近年、企業を取り巻く環境は「予測可能な変化」の時代から「予測不可能な変化」の時代へと劇的に変化しています。 従来は市場動向や顧客ニーズを数年先まで予測し、中長期計画を立案することが可能でした。 しかし、グローバル経済の加速、AIやデジタル技術の急速な進展、ESG経営の推進、価値観の多様化により、企業が想定していないリスクや機会が次々に現れています。

このような環境では、従来型のリーダーシップでは十分ではありません。 かつてのリーダーは、計画を立て、組織を効率的に運営し、目標を確実に達成する役割が中心でした。 過去の成功パターンを踏襲し、リスクを最小化することが重視されていました。 しかし、現代に求められるリーダーは、未知の環境に柔軟に対応し、自ら変化を生み出す力を持つ人です。 これは単なるスキルや知識の更新ではなく、リーダー自身の内面の成長が伴って初めて実現します。

そこで注目されるのが成人発達理論です。 この理論は、リーダー個人の認知や価値観、自己理解が段階的に発達することで、内面から行動を変化させるプロセスを説明します。 企業のリーダー育成において、この理論を活用することで、変化の激しい環境に適応できるリーダーを持続的に育てることが可能になります。

成人発達理論とは リーダーシップ育成に活かせる認知の枠組み

成人発達理論は「大人になっても、人間の認知・価値観・自己理解は段階的に発達し続ける」という前提に立っています。 子どもの発達を説明するピアジェ理論の成人版とも言えます。 代表的な理論家には以下の人物がいます。

  • ロバート・キーガン( Robert Kegan
    意識の構造を 5 段階に分類。 段階が上がるほど自己認識の幅と深さが増し、組織開発やリーダーシップ育成で活用されます。
  • スザンヌ・クック=グロイター( Susanne Cook-Greuter
    キーガンの段階を細分化し、経営層や変革リーダーの成長を精密に分析。 自己変容のプロセス理解に役立ちます。
  • ビル・トルバート( Bill Torbert
    行動論的発達段階を提唱。 リーダーの行動様式を段階的に示す「アクション・ロジック」モデルで、変革型リーダー育成に実践的枠組みを提供します。

これらに共通する重要な視点は、自己認識の広がりと視野の複雑性です。 発達段階が進むほど、リーダーは多様な視点を同時に扱い、自分の価値観を客観視し、不確実性を前提に意思決定し、対立する価値観を統合して新しい解を生み出すことができます。 これは現代ビジネスにおけるリーダーシップに求められる資質と一致します。

成人発達段階とリーダーシップの関係

キーガンの理論をリーダーシップの観点から整理すると、以下のように理解できます。

第三段階
社会的自己 Socialized Mind
特徴
他者からの評価や組織ルールを重視
強み
忠実な実行力、秩序維持、組織文化への適合
限界
自分で方針を決めにくく、変革に弱い
リーダーシップへの影響
組織の安定運営には向くが、変化対応は難しい
第四段階
自己主導型自己 Self-Authoring Mind
特徴
自分の価値観や原則を基準に判断
強み
明確なビジョン、戦略的思考、変革推進
限界
自分の枠組みに固執しやすく、多様性受容に課題
リーダーシップへの影響
戦略策定や変革推進に強み
第五段階
自己変容型自己 Self-Transforming Mind
特徴
自分の価値観や前提を柔軟に書き換え可能
強み
複雑な利害調整、多文化統合、創造的対応
限界
数が少なく、育成に長時間が必要
リーダーシップへの影響
不確実な状況でのイノベーション/組織変革に強い

現代の上場企業の管理職層は第三〜第四段階に位置することが多く、複雑化する環境に対応するためには、第四段階後半から第五段階への成長を意識したリーダー育成が必要です。

なぜ企業はリーダー育成に成人発達理論を取り入れるべきか

従来型のリーダー育成では、交渉術や論理的思考、財務会計、マーケティング知識などの スキル習得型研修が中心でした。 こうした研修は、映像教材やeラーニングに置き換えることもでき、知識の確認や反復学習が可能です。 しかし、変化のスピードが格段に早まった現代のビジネス環境では、スキルや知識だけのリーダー育成は限界があります。 たとえば、3年前に学んだベストプラクティスが現在は通用しないことも珍しくありません。

成人発達理論に基づくリーダー育成は、単なるスキルや知識の習得ではなく、 リーダー自身の認知構造や価値観、意思決定の枠組みそのものを拡張するアプローチです。 これにより、リーダーは新しい知識やスキルを迅速に吸収し、状況に応じた判断ができる「学び続けられるリーダー」となります。 また、組織全体としても、環境変化に柔軟に対応できる強靭なリーダーシップのネットワークが形成されます。

さらに、成人発達理論を取り入れたリーダー育成は、 不確実性や複雑性の高い課題に挑戦できるリーダーを継続的に育てるための科学的根拠を提供します。 単なる研修では得られない、長期的かつ持続可能なリーダー育成の戦略的視点を企業に与えるのです。 企業が成人発達理論を活用することは、リーダー個人の成長だけでなく、組織の持続的競争力強化にも直結します。

リーダー育成で成人発達を促す 3つの条件

成人が次の発達段階に進むためには、心理学研究から以下の三つの条件が重要であると示されています。

  1. 挑戦( Challenge
    現在の思考や価値観では簡単に解決できない課題や役割に直面することが不可欠です。 挑戦的な環境に置かれることで、リーダーは自らの枠組みの限界を認識し、新たな思考方法や価値観を獲得しやすくなります。 異業種のプロジェクト参画や、社外の厳しい環境での体験は特に効果的です。
  2. 支援( Support
    安全な環境やメンター、同僚の支援が存在することも不可欠です。 失敗しても学びに変えられる心理的安全性があることで、リーダーは挑戦を恐れず、自ら成長の機会に変換できます。 支援は、個別指導や 360 度フィードバック、コーチングなど多様な方法で提供されます。
  3. 内省( Reflection
    経験を振り返り、意味づけし、自身の行動や意思決定に統合することです。 内省を通してリーダーは自己理解を深め、次の発達段階へ進むための気づきを得ます。 ジャーナリングや定期的なフィードバックセッション、メンタリングとの対話が有効です。

これらの条件は互いに補完関係にあり、挑戦だけでは成長は限定的で、支援や内省と組み合わせることで初めて発達が加速します。 企業はこれら三つの条件を意図的に組織内に設計し、リーダー育成の仕組みとして落とし込むことが求められます。

実務への落とし込み方 リーダー育成に応用する方法

成人発達理論をリーダー育成に応用する際には、すべてのリーダーを同じペースで育てるのではなく、 個々の発達段階に応じた環境設計が重要です。 具体的には以下の施策が考えられます。

  1. 発達段階の可視化とラベル付けの注意
    発達段階は「優劣」ではなく「器の形の違い」として理解します。 診断結果を評価や昇進の判断材料にすると防衛的態度を招きます。 あくまで自己理解のツールとして活用し、本人が自ら次の段階を目指す内発的動機を引き出します。
  2. 越境学習の制度化
    異業種交流、海外派遣、社外プロジェクトへの参画は、枠組みを揺さぶる強力なきっかけとなります。 制度化が難しい場合は、教育研修やプロボノ活動として提供可能です。 例えば、海外企業への短期インターンや NPO との合同プロジェクトなど、日常業務では経験できない環境での挑戦を提供します。
  3. 360 度フィードバック+内省セッション
    多様な立場からのフィードバックを受けることで、リーダーは自分の行動や思考の偏りに気づきます。 フィードバックを受けっぱなしにせず、コーチやファシリテーターと意味づけの対話を行うことで、学びを行動に統合できます。
  4. 「問いを持ち続ける」文化の醸成
    正解を知ることよりも、問いを持ち続ける姿勢が成人発達を促進します。 「今、私たちが本当に解くべき問いは何か」を社内で共有し、探索型の学習文化を育むことが、リーダー育成の効果を最大化します。

これらの取り組みを組み合わせることで、リーダー育成は単なるスキル習得ではなく、組織全体の変革力を高める戦略的施策となります。

長期リーダー育成プログラムのモデル

成人発達理論を組み込んだリーダー育成プログラムは、35年の長期スパンで設計することが効果的です。 段階的に成長を支援することで、リーダーの認知と行動が着実に拡張されます。

  • フェーズ 1 :基盤づくり( Year1
    • 心理的安全性の確保:マネージャーに心理的安全性の重要性を理解させ、チームで実践するスキルを身につけます。
    • 発達理論の基礎研修:リーダーシップ研修に成人発達理論を組み込み、自己理解を深める内容とします。
    • 部門横断の価値観共有ワークショップ:自己の価値観を掘り下げ、部門横断で共有することで、多様性の理解を促進します。
    • ジャーナリング習慣化:日々の学びを振り返る習慣をつけ、自己変容への意識を高めます。
  • フェーズ 2 :枠組みを揺さぶる( Year2 3
    • 異部門・異業種越境プロジェクト:越境学習やプロボノ活動を通じて、思考や価値観を揺さぶる経験を提供します。
    • 国際的な業務経験:海外派遣や多国籍プロジェクト参画により、多様な文化や視点に触れ、認知の幅を拡張します。
    • 社外メンター制度:エグゼクティブコーチングや外部キャリア相談を活用し、内省と挑戦をサポートします。
  • フェーズ 3 :自己変容フェーズ( Year4 5
    • 経営課題への直接参画:経営層の意思決定に関わる経験を通じて、戦略的思考と複雑な意思決定能力を育成します。
    • 大規模変革プロジェクトのリード:組織変革やイノベーション創出に直接関わることで、自己変容型リーダーへの成長を促します。
    • 後進育成に発達理論を応用:育成者として他者の成長を支援することで、学びの連鎖を組織に定着させます。

人事部門が果たす戦略的役割

人材育成室は単なる研修運営部門ではなく、 組織全体のリーダーシップ発達の設計者であるべきです。 これにより、企業は持続可能な競争力を確保できます。

  • 発達段階を組み込んだ人材ポートフォリオの構築:各リーダーの発達段階を把握し、適材適所の育成施策を設計します。
  • 経営層への共通言語化:成人発達理論を経営戦略の文脈で説明し、組織全体で理解を統一します。
  • 定性・定量の効果測定:育成効果を、ストーリー事例やエンゲージメント指標で可視化し、改善サイクルに活用します。

このように人事部門が戦略的に機能することで、単なる管理部門から脱却し、 未来の組織戦略を支える中核部門として組織のリーダー育成を牽引できます。

まとめ - 成人発達理論を活用したリーダー育成が組織を変える

成人発達理論は、リーダーを「より優秀にする」だけでなく、 組織全体の学習能力を底上げし、複雑で不確実な環境でも柔軟に対応できる組織をつくるものです。 リーダー一人ひとりが認知や価値観を拡張し、多様な視点を統合しながら挑戦を続けることで、組織の変革力やイノベーション創出力は飛躍的に向上します。

変化の激しい時代、単なるスキルや知識の蓄積では持続的成長は困難です。 成人発達理論を活用したリーダー育成は、 組織のリーダーシップ生態系を意図的に設計し、多様な視点や学びの連鎖を生む強力な手段となります。 これにより、人事部門は単なる研修運営部門から脱却し、未来の組織戦略を支える「発達支援の設計者」として組織の中核に位置づけられます。

最終的に、成人発達理論を理解し実践することで、組織は時代の荒波を乗り越え、持続的な成長と革新を実現できます。 リーダー一人ひとりの内面の成長が、組織全体の柔軟性とレジリエンスを高め、未知の未来でも道を切り拓く力となるのです。


参考情報(20258月時点)

成人発達理論(ロバート・キーガン関連)
・プロフィール
Harvard Graduate School of Education – Robert Kegan
https://www.gse.harvard.edu/faculty/robert-kegan

・関連リソース(理論・実践・出版)
免疫マップ:Kegan & LaheyImmunity to Change(変化への免疫理論)
https://mindsatwork.com/

書籍:『なぜ人と組織は変われないのか』日本語訳出版ページ(英治出版)
https://eijipress.co.jp/products/2154

リーダーシップ開発とVertical Developmentの関係

Center for Creative Leadership: Vertical Development

https://www.ccl.org/articles/leading-effectively-articles/vertical-development/

江島 信之
江島 信之
サイコム・ブレインズ執行役員 同志社大学で心理学を専攻。卒業後、ユニチカ株式会社を経て、東証上場の独立系コンサルティング会社に入社。大手上場企業を中心に雇用調整コンサルティングからマネジメント研修、営業研修、覆面調査を使ったCS向上研修等幅広く組織活性化の支援を行う。在職中に同社が出資していた、メンタルヘルス専門IT会社の株式会社ライフバランスマネジメント社(現株式会社アドバンテッジリスクマネジメント社)にボードメンバーとして参画。その後Aon Consulting Japan株式会社(現Aon Solutions Japan)入社。マーケティング、営業、中堅社員向けの研修の講師、コミュニケーション研修等のコンテンツ開発などを行う。2012年サイコム・ブレインズ入社。現在はリレーション営業部門の責任者としてプロダクト販売戦略の企画・実行を指揮している。 京都府出身

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