
セルフリーダーシップが育たない組織の特徴――自律を“個人任せ”にしない組織設計とは
セルフリーダーシップという言葉を耳にする機会が増えています。端的に言えば「自らを律し、自らを動かす力」です。しかし、その育成を“個人任せ”にしてしまっていないでしょうか。逆説的ですが、セルフリーダーシップが育つかどうかは、本人の意識だけでなく、組織の構造や評価の仕組みなどに大きく左右されます。「自律を求めながら、構造は他律的」という矛盾が、多くの企業に存在しています。本稿では、セルフリーダーシップの概念整理とともに、セルフリーダーシップが育たない組織の特徴と変革の打ち手を解説します。自律を生む組織設計を考える一助となれば幸いです。
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セルフリーダーシップとは何か
セルフリーダーシップとは、「他者を率いる力」ではなく「自分自身を方向づけ、動機付け、行動を律する力」です。
定義と理論的背景
セルフリーダーシップとは、簡単に言えば「自分で自分の舵(かじ)を取り、成果に向けて自分を動かす力」です。一般的なリーダーシップが“他者に影響を与えてチームを動かす力”であるのに対し、セルフリーダーシップは“自分自身に影響を与え、主体的に行動を生み出す力”に焦点を当てています。上司の指示や環境条件に左右されるのではなく、「自分は何を目指すのか」「どのように取り組むのか」「どんな状態をつくりたいのか」を自ら定め、行動し、振り返り、修正する――この一連の自己影響プロセスを体系化した概念です。
理論的には、セルフリーダーシップは「自己影響(self-influence)」という考え方に基づきます。人は外部からの管理や評価だけで動く存在ではなく、自分で自分に働きかけることで行動を変えられる、という前提に立ちます。例えば、業務が停滞したとき、「やる気が出ない」「どうせ評価されない」と考えるか、「まずは小さく着手する」「やり方を変えてみよう」と考えるかで、その後の行動は大きく変わります。セルフリーダーシップとは、この“内側からの働きかけ”を意図的に設計する力なのです。
この自己影響は、主に3つの戦略で説明されます。この3つの戦略が単独ではなく、連動することにより、人は“やらされる存在”から“自ら動く存在”へと変わります。
行動的戦略
行動的戦略とは、行動を生むための“仕掛け”を自分で設計することです。意志や根性に頼るのではなく、行動が起きやすい環境や手順をつくります。具体的には、次のようなものが代表例です。
▶表1:行動的戦略の具体例
行動的戦略の具体例 | 説明 |
|---|---|
自己観察(セルフモニタリング) | 自分が何に時間を使っているか、何で止まりやすいかを把握する(例:午後は集中力が落ちる、資料作成で詰まりやすい等)。 |
目標設定 | 曖昧な「頑張る」ではなく、“いつまでに何をどの品質で”を決める(例:金曜18時までに初稿、レビュー反映は月曜午前など)。 |
自己報酬・自己強化 | できた行動を自分で認め、次の行動が続くようにする(例:30分集中できたらコーヒー休憩、進捗を見える化して達成感を得る)。 |
障害の事前対処 | 起こりがちな妨げを先に潰す(例:会議が多い日は“作業ブロック”をカレンダー固定、連絡対応の時間帯を決める)。 |
要するに「行動できるように、自分の行動条件を整える技術」が行動的戦略です。企業の育成施策としては、目標の立て方や振り返りの方法を“型”として学ばせるのがここに当たります。
建設的思考パターン
一方、建設的思考パターンとは、行動を妨げる思考のクセを見直し、前向きに成果へ向かいやすい考え方へ“整える”ことです。ここでいう「前向き」とは、根拠なく楽観視することではなく、現実を踏まえつつ「次に何をするか」に意識を向ける思考のことです。例えば、うまくいかないときに「自分には無理だ」と結論づけてしまう思考は、行動を止めます。代わりに「原因は何か」「次の一手は何か」と問い直す思考が、行動を継続させます。具体的には、次のような観点があります。
▶表2:建設的思考パターンの観点例
建設的思考パターンの観点例 | 説明 |
|---|---|
非合理な前提の修正 | 「完璧でないと出せない」→「まずは叩き台を出して改善する」 |
失敗の捉え直し | 「失敗=能力不足」→「失敗=仮説検証の結果」 |
自己対話(セルフトーク)の調整 | 「面倒だ」→「まず5分だけやる」「最初の一歩は何?」 |
イメージング | 成功の状態や手順を具体的に思い描き、行動のハードルを下げる(例:会議での説明順、想定質問への答え方を事前に描く) |
こうした思考の整え方は、研修ではリフレクション(内省)やケース討議、1on1の問いかけによって習得が進みます。
動機付け戦略
動機付け戦略(自然報酬戦略)とは、仕事の中にある“意味”や“価値”に自ら焦点を当て、内発的動機を高める工夫です。外発的報酬(評価・昇進・賞与)だけに依存すると、環境が変われば行動は止まりやすくなります。一方で、「この仕事は誰にどんな影響を与えているのか」「自分の強みがどこで活きているのか」「どんな成長機会があるのか」と問い直すことで、行動のエネルギー源を内側に見出します。例えば、単調に見える業務でも、「改善余地を見つける実験」と捉えることで、取り組み姿勢は変わります。
なぜ今セルフリーダーシップが注目されるのか
外部環境の変化や人的資本経営に対する関心の高まり、働き方の変化から、セルフリーダーシップの必要性に注目が集まっています。
不確実性の高まり
VUCAの環境では、上司の指示を待つだけでは機会を逸します。迅速な意思決定と現場判断が求められる中、各自が目的を理解し、自ら考え動く力が不可欠です。特に大手企業では、事業ポートフォリオ変革やDX推進など、変化対応力が競争優位を左右します。例えばDX推進では、戦略や投資は進んでいても、現場が「指示待ち」であれば変革は止まります。ここで必要なのは、上司の号令ではなく、各自が小さく実験し、学び、改善する主体的挑戦行動です。これはセルフリーダーシップの行動的戦略と直結します。
働き方の多様化
リモートワークをはじめとした働き方の多様化により、管理職が全てを細かく管理することは困難になっています。結果として求められるのは、社員一人ひとりの自己管理力・優先順位判断力です。これはセルフリーダーシップの基盤能力そのものです。
人的資本経営とエンゲージメント
人的資本開示の文脈では、エンゲージメントスコアや育成投資額が指標化されます。しかし、スコアを上げるための施策だけでは持続性がありません。重要なのは、従業員が「自分の仕事の意味」「自分の成長実感」を主体的に見出しているかどうかです。ここで機能するのが、動機付け戦略です。外発的報酬ではなく、仕事そのものの価値に焦点を当てる力が、持続的なエンゲージメントを支えます。
セルフリーダーシップが育たない組織の特徴
セルフリーダーシップを育てようと研修や制度を導入しても、思うような変化が起きない企業があります。その背景には、個人の資質ではなく「組織構造」や「文化」に起因する阻害要因が存在します。ここでは、実務の現場でよく見られる3つの特徴を整理します。
指示待ちを生む“過度な管理文化”
承認プロセスが過剰に多い、意思決定権限が現場にない、上司が細部まで管理する——こうした環境では、社員は「考えるより確認する」行動様式を学習します。結果として、自ら判断する力は育ちません。セルフリーダーシップは“任せる余白”があって初めて育ちます。統制が強すぎる環境では、行動的戦略が機能する前に芽を摘まれてしまいます。
失敗が許容されない評価構造
挑戦よりも減点回避が優先される評価制度では、社員はリスクを取らなくなります。「前例がないからやめよう」「確実に成功する方法だけ選ぼう」という思考が常態化すると、建設的思考パターンは育ちません。セルフリーダーシップの本質は、自ら仮説を立て、小さく試し、学ぶことにあります。失敗を“学習資源”として扱えない組織では、自律的行動は持続しません。
パーパスが“掲示物”で終わっている
パーパスやビジョンを掲げていても、日常業務に落とし込めていない場合、それはスローガンに留まります。社員が「自分の仕事が何につながっているのか」を実感できなければ、動機付け戦略は働きません。意味づけが外部から与えられるだけでは、内発的動機は生まれないのです。対話を通じて、個人の目標と組織の方向性を結びつける仕組みが必要です。
これら3つに共通するのは、「個人に自律を求めながら、構造は他律的である」という矛盾です。セルフリーダーシップが育たない原因を個人の意識や世代特性に帰属させる前に、組織側の前提を問い直す必要があります。
セルフリーダーシップは、個人の能力開発テーマであると同時に、組織設計のテーマでもあります。育たない理由を構造から捉え直すことが、育成施策を実効性あるものに変える第一歩です。
では、どう組織を変えるか ― セルフリーダーシップを育てる3つの打ち手
セルフリーダーシップが育たない原因が「個人の意識」ではなく「組織構造」にあるとすれば、打ち手もまた構造改革でなければなりません。重要なのは、精神論ではなく“環境設計”を変えることです。ここでは実務で効果の高い3つの打ち手を提示します。
「任せる範囲」を明確に再定義する
自律を促す第一歩は、権限と責任の明確化です。多くの組織では「主体的に動いてほしい」と言いながら、最終判断は上司が握っています。この曖昧さが、指示待ちを強化します。有効なのは、次の問いで整理することです。
どの意思決定を現場に委ねるのか
どの範囲まで試行錯誤を許容するのか
失敗時の責任は誰が負うのか
例えば、「○万円以下の施策は現場判断で実施可」「小規模実験は事後報告でよい」といったルールを明文化するだけでも、行動的戦略が機能しやすくなります。任せる余白を制度として設計することが、自律行動の前提条件です。
「挑戦を評価する」評価制度へ転換する
減点型評価では、誰も挑戦しません。セルフリーダーシップを育てるには、成果だけでなく“挑戦行動そのもの”を評価対象に組み込む必要があります。
具体例としては、新規提案件数、改善アクション実施数、学習・リスキリングへの取り組みなどの行動指標を評価項目に加える方法があります。
重要なのは、「成功したかどうか」だけでなく、「自ら仮説を立てて動いたか」を評価することです。これにより、建設的思考パターンが組織内で強化されます。挑戦が“損をしない行動”になるとき、自律性は一段高まります。
パーパスを“対話”で結びつける
パーパスやビジョンを掲示するだけでは、動機付けは生まれません。必要なのは、個人の仕事と組織の目的を結びつける対話の場です。効果的なのは、1on1で「この仕事は何につながっているか」を問い直す、キャリア面談で「強みと会社の方向性」の接点を探る、部門ミーティングで顧客価値の事例を共有するといった継続的な意味づけの機会です。
動機付け戦略は、制度よりも対話によって強化されます。外発的報酬だけに依存しない状態をつくることが、持続的なエンゲージメントを生みます。
構造転換の本質
これら3つの打ち手に共通するのは、「自律を個人任せにしない」という姿勢です。任せる範囲を制度で明確化する、挑戦を評価制度で後押しする、意味づけを対話で支援する。この三位一体の設計によって、セルフリーダーシップは“期待”から“文化”へと変わります。
組織が変わらない限り、個人は変わり続けることができません。セルフリーダーシップ育成とは、人材育成テーマであると同時に、組織変革テーマなのです。
まとめ
セルフリーダーシップとは「自らを導く力」であり、役職に依らず全社員に求められる能力です。しかし、セルフリーダーシップが育たない原因を個人の意識に求めても解決しません。
過度な管理文化、減点型評価、スローガン化したパーパス――こうした組織構造が自律性を阻害します。変革の鍵は3つです。
任せる範囲を制度で明確にする
挑戦行動を評価に組み込む
意味づけを対話で支援する
セルフリーダーシップ育成とは、人材育成施策であると同時に組織設計のテーマです。個人と構造の両面から再設計することが、持続的な成果創出への第一歩となります。
FAQ
Q1. セルフリーダーシップは全社員に必要ですか?
はい。管理職だけでなく、若手・中堅を含む全社員が対象です。特に不確実性の高い環境では、現場レベルでの主体的判断が競争優位を左右します。階層別ではなく、全社的テーマとして設計することが効果的です。
Q2. 「主体性を持て」と伝えるだけではなぜ不十分なのでしょうか?
主体性は号令で生まれるものではありません。権限が曖昧で失敗が許容されない環境では、人は合理的に指示待ちを選びます。構造が変わらない限り、行動様式は変わりません。
Q3. 評価制度にはどのように組み込むべきですか?
成果指標に加え、「挑戦行動」「改善提案」「学習実践」などのプロセス指標を明確にします。成功の有無だけでなく、仮説を立て行動した事実を評価対象にすることが重要です。
Q4. 研修だけで変化は起きますか?
単発の研修だけでは変化は限定的です。行動の具体化、上司の問いかけ、評価制度との連動を組み合わせることが効果的です。
Q5. 経営層が関与する必要はありますか?
不可欠です。任せる範囲の明確化や評価制度の見直しは経営判断を伴います。経営の本気度が示されてこそ、現場は安心して挑戦できます。
参照・出典
Manz, C.C. & Neck, C.P.『Mastering Self-Leadership』2017年
経済産業省「人的資本経営の実現に向けた検討会報告書」2022年
https://www.meti.go.jp/policy/economy/jinteki_shihon/pdf/report2.0.pdf



