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なぜ今マーケティングなのか? ― 高度AI時代の持続的成長エンジン

かつてマーケティングは単なる「販促」手段、マーケティング部門は製品が完成した後に「いかに広く知らせるか」を担う、予算を消費する部門(コストセンター)と見なされてきました。 しかし今や、マーケティングは人工知能(AI)と顧客データを燃料にした「成長のエンジン」、事業イノベーションの起点と位置づけられています。 本稿では、いま世界の先進企業がマーケティング機能に投資している背景と、AIを組み込んだ「デジタルマーケティング」が可能にしたこと、マーケティング人材の役割・要件変化について解説します。

目次[非表示]

  1. 1.コストセンターから成長のエンジンへ
  2. 2.技術進化がもたらすマーケティングのパラダイムシフト
  3. 3.購買行動はファネルから「インフルエンスマップ」へ
  4. 4.マーケティング人材はオペレーターからストラテジストへ
  5. 5.日本におけるマーケティング組織変革と人材育成
  6. 6.今後の潮流: AIと人間力の共創の時代へ
  7. 7.まとめ
  8. 8.FAQ
  9. 9.参考・出典

コストセンターから成長のエンジンへ

企業がマーケティング機能を極めて重視している背景には、テクノロジー、特にAIの進化がマーケティングのプロセスを根本から変革し、単なる販促手段から経営戦略の中核へと押し上げたことがあります。 デロイトデジタルによると、2024年末に実施されたマーケティングリーダーへの調査で、ブランドの29%がすでにマーケティング業務に生成AIを導入、うち41%が生成AIによりコンテンツ制作のコストを削減、生成AIを多用するブランドは平均して収益目標を22%大きく上回っていることがわかりました。 かつてマーケティングは、製品開発後の「周知」を担う支援部門、すなわちコストセンターとして位置づけられていましたが、今では膨大な消費者行動データを活用し、戦略的な意思決定を左右する経営の強力な推進力と見なされています。

この変容を支える一つが、 デジタルマーケティングによる製品イノベーションの促進です。 消費者データを詳細に分析することで、製品/サービスの新たな体験機会を特定し、その顧客体験をリアルタイムで最適化することが可能になりました。 例えば、ナイキはパーソナライズされたソーシャルメディアキャンペーンとオンライン購入体験をシームレスに統合することで、オンライン売上および顧客ロイヤルティを向上させました。 これはマーケティングがイノベーションと収益創出の源泉となっている一例です。

<デジタルマーケティングが可能にすること>

  • データ駆動型イノベーション
    顧客の「声」ではなく「行動ログ」から潜在ニーズを抽出し、製品開発サイクルにフィードバックする。
  • パーソナライゼーションの深化
    ナイキのように、個々の顧客に最適化された体験を提供することで、売上を向上させる。

▶表1: マーケティング機能強化の主要指標と期待成果

項目

従来型アプローチの限界

AI統合アプローチの成果

ROI

測定が不透明で遅行的

目標を20%超上回る収益向上、リアルタイム最適化

意思決定プロセス

経験と直感に依存

AIによる予測分析とデータ主導の戦略

顧客体験の質

画一的なセグメンテーション

リアルタイムの高度パーソナライゼーション

コンバージョン率*

低いターゲット精度

飛躍的な向上可能性

コンテンツ制作

高コスト、低スピード

数時間での生成、コストの大幅削減

*コンバージョン: ECサイトにおける商品購入やメール受信者のURLクリックなど、ユーザーが特定の行動を起こしビジネス上の成果に結びつくこと

技術進化がもたらすマーケティングのパラダイムシフト

AIはもはや補助的なツールではなく、ブランド戦略の中心地位を占めるようになっています。 マーケティングにおけるAIの役割は、 リアルタイムの高度パーソナライゼーション、コンテンツ生成予測分析、そして 意思決定の自動化です。 人間が手動でメッセージを作成する時代から、AIが戦略的意図を汲み取って最適な表現を自動生成する時代へと、着実な移行が見られます。

特に注目すべきは、AIによる検索行動の変化です。 ガートナーによると、2028年までに、生成AIを活用した検索の普及により、従来の検索エンジンからのオーガニックトラフィック(広告を介さない自然検索経由の流入)は50%以上減少すると予測されています。 この地殻変動に対応するため、マーケターは従来のキーワード中心のSEOから、AIが理解しやすい構造化データと真正性の高いコンテンツを重視する「AI SEO」への転換を迫られています。

また、AIエージェント(Agentic AI)の台頭も無視できません。 これは人間の介在なしに自律的に行動するシステムであり、顧客との一対一の対話や通知、再注文、パーソナライズされたガイダンスなどを担当するようになります。 これにより、マーケティングは従来のチャネルベースから、AIエージェントが主導する自律的なジャーニーベースへ変化し、人間はそれらのシステムを監督・統治する役割へと移行することになります。

購買行動はファネルから「インフルエンスマップ」へ

企業がマーケティングを重視する背景にあるもう一つの要因は、消費者の購買行動が劇的に複雑化し、従来の「認知から購入へ」という線形のマーケティングファネル(消費者が商品やサービスを知り、興味を持ち、比較検討したうえで購買に至る過程を段階的に「漏斗」(ファネル)の形で表したモデル)が機能しなくなったことです。 ボストン・コンサルティング・グループ(BCG)は、現代の消費者は「ストリーミング、スクローリング、サーチング、ショッピング」という4つの非線形な行動を繰り返しながら購買に至ると指摘しています。 この状況下で新たに提唱されているのが「インフルエンスマップ(影響力マップ)」という概念です。 これは、タッチポイント間の壁を取り除き、カスタマージャーニーに合わせてカスタマイズされた影響力の経路を可視化するものです。

図1: ファネルからインフルエンスマップへ(BCGレポートより)

インフルエンスマップ

カスタマージャーニーの分析に基づく大規模パーソナライゼーションは、これまでリソースの制約で困難でしたが、AIを活用することで、リアルタイムの消費者行動に基づいて実現が可能になりました。

マーケティング人材はオペレーターからストラテジストへ

マーケティング機能の重要性が高まるにつれ、求められる人材の要件も従来型の「運用者」から、 AIを駆使する「戦略設計者」へと劇的に変化しています。

次世代のマーケティング人材に求められるのは、単なる広告運用の知識ではなく、「デジタル・デクスタリティ(デジタルの器用さ)」、「戦略的思考」、「クロスファンクショナルな問題解決能力」です。 従来のマーケティングマネージャーの要件と明確に区別するため、「Vibe Growth Marketing* Manager」といった新たな職種名で定義する組織もあります。 これに象徴されるように、次世代のマーケティングにおいては、自らプロトタイプを作成し、高速で市場に投入できる「ビルダースキル」を持つ人材が重用されるようになっています。

*Vibe Marketing: Vibe Coding(元OpenAIのアンドレイ・カルパシーが提唱した、詳細なコードを書くのではなく、AIにプロンプトで『雰囲気(Vibe)』を伝えてアプリを作り上げる」手法)をマーケティングに応用したもの。 A/Bテストやデータ分析による「科学的アプローチ」にとどまらず、数値化しにくい「かっこよさ」「ブランドらしさ」をAIで高速に言語化・視覚化して市場に投下するなど「感性」の重視と、AIを手足にして自分でLP制作、広告クリエイティブ、自動化フローを完結させる一気通貫スタイルが特徴。

▶表2: 従来型・次世代型マーケティング人材の比較

比較項目

従来型マーケティング人材

次世代型マーケティング人材

主な役割

定型業務の実行、広告運用(オペレーター)

AIシステムの監督、戦略立案、プロトタイプ構築

必須スキル

チャネル別の専門知識、プロジェクト管理

AIフルーエンシー、システム思考、データ・リテラシー

意思決定

過去の成功体験、直感、定性調査

リアルタイムデータ、予測モデル、AI推論

組織形態

機能別の垂直型組織、サイロ化

フラット、モジュール型、自律的貢献

学習方法

定期的な研修

継続的な自己学習、マイクロラーニング

PwCの調査によると、AIの影響を受けやすいマーケティングなどの分野では、従業員一人あたりの収益成長が他の分野に比べて約3倍高く、また求められるスキルの変化スピードも他の職種より66%速いことが示されています。さらに、AIスキルを持つ人材は、同じ職種内でも平均して約56%高い給与を得ており、人材市場における価値の差が拡大していることがうかがえます。

日本におけるマーケティング組織変革と人材育成

日本でもコンシューマー分野を中心に、各業界のリーダー企業がデジタルとマーケティングを統合し、より機動的な体制を構築しようとしています。

資生堂は、ブランド間のマーケティング機能統合によって価値の最大化と効率的な資源配分を狙い、25年1月1日付で「ブランドマーケティング本部」を新設。 さらに「インナービューティー事業部」や「パーソナルビューティー部」といった、個々の顧客のニーズに深く踏み込む組織を設立し、パーソナライゼーションを組織レベルで実装しようとしています。

また、2023年に「マスメディアを通じた一律の情報発信から、デジタルを活用して一人ひとりの悩みや関心に寄り添う『プレシジョン・マーケティング』へ転換」を発表した花王も、マーケティングやサプライチェーンをはじめと全部門・事業のDX加速を目指し、25年1月1日付けで情報システム部門とDX戦略部門をデジタル戦略部門として統合。 中期経営計画「Global Sharp Top」戦略のもと、特定のニーズを持つ層に対して、デジタルを活用して「深く刺さる」マーケティングを推し進めています。

マーケティングからサプライチェーンに至るまでのデジタル変革を加速させるため、事業と販売を統合した「グローバルコンシューマーケア事業」と、情報システムとDX戦略を統合した「デジタル戦略部門」を設置。 ユニ・チャームでも、2025年より「グローバルマーケティングコミュニケーション本部」を設置し、その下に「マーケティングインテリジェンス部」を新設することで、データの利活用による意思決定の高度化を目指しています。  

今後の潮流: AIと人間力の共創の時代へ

近い将来、マーケティング分野においては、AIが単なるツールを超え、自律的な「エージェント」として機能します。 ガートナーの予測によれば、マーケティング組織は今後、 AIが実行を主導し、人間が戦略的な監督を行う体制へ変化します。

<主要なトレンド>

  • AIエージェントによる一対一の対話: 消費者の日常的な問い合わせや注文をAIエージェントが自律的に処理
  • 真正性の高いコンテンツへの価値シフト: AI生成コンテンツが溢れる中で、深層学習で見破ることが困難なディープフェイクへの対策として、検証済みのクリエイターや真正性の高いコンテンツへの予算配分が増加
  • アンビエント(環境)体験の拡大: AIを搭載したウェアラブルデバイスやセンサーを通じて、消費者が明示的に検索することなく、文脈に応じてブランド体験が提供
  • AI SEOの深化: 従来のキーワード検索から会話型検索へのシフトが完成し、構造化された「回答」を提供できるブランドが高いシェアを獲得

一方で、消費者の間では、AIによるレコメンデーションに対する懐疑心も芽生えており、ガートナーによれば、生成AIを活用したショッピングツールがEコマース売上に占める割合は10%未満に留まるとも予測されています。 これは、最終的な購買決定においては依然として「人間同士の信頼」や「実体験」が重要であることを示唆しています。

まとめ

企業がマーケティング機能を重視しているのは、それがデータ、テクノロジー、そして顧客理解を統合し、不確実な時代において確実な「成長の羅針盤」となるからです。 しかしそれを可能にするマーケティングリーダーには、AI技術および顧客データへの洞察をもとに戦略を設計する力、組織に実装するスピード感、さらにデジタルの主導によって疎外されかねない従業員や消費者の「人間性」を尊重する感覚など、これまでにない能力が求められています。 市場ニーズの高いこうした人材の外部獲得が困難な現状では、企業にとって、既存人材を迅速にリスキル・アップスキルできるかが、飛躍的成長の分かれ目といえるでしょう。  

FAQ

Q1. なぜ今、マーケティング部門の採用・育成を強化する必要があるのですか?
​A1. マーケティングが従来の「販促(コストセンター)」から、AIとデータを活用した**「事業成長のエンジン」**へと役割を変えているからです。 AIを統合した企業の多くはROIが向上しており、マーケティング機能の強化が企業の収益性に直結する時代になっています。   

Q2. 現場から「これまでのマーケターと何が違うのか」と聞かれたら、どう説明すべきですか?
A2. 大きな違いは、経験や直感ではなく「AIとデータ」を意思決定の軸に置く点です。   

  • ​従来型: 過去の成功体験に基づき、広告運用などの定型業務を遂行する「オペレーター」。   

  • ​次世代型: AIシステムを監督し、リアルタイムデータから戦略を構築・実行する「ストラテジスト(戦略設計者)」。  

​Q3. 新たに定義すべき「マーケティング人材」の具体的なスキルセットは何ですか?
A3. 以下の3つの能力を重点的に評価・育成する必要があります。   

  • ​AIフルーエンシー(AIを使いこなす能力): AIエージェントや自動生成ツールを監督・統治するスキル。
  • ​デジタル・デクスタリティ(デジタルの器用さ): 自らプロトタイプを構築し、高速で市場投入できる力。
  • ​システム思考・データリテラシー: 複雑化した消費者の購買行動(インフルエンスマップ)をデータで読み解く力。

Q4. 既存社員の「リスキリング」はどの程度のスピード感で進めるべきですか?
​A4. 極めて迅速な対応が必要です。  PwCの調査によれば、AIの影響を受ける分野では求められるスキルが年率66%という驚異的なスピードで変化しています。 市場での人材獲得競争は激化しており、外部採用だけに頼るのではなく、内部人材の早期アップデートが飛躍的成長の分かれ目となります。   

​Q5. マーケティング職種の「給与体系」や「評価制度」は見直すべきでしょうか?
​A5. 検討すべきです。 調査では、AIスキルを持つ労働者は最大56%の賃金プレミアムを得ているというデータがあり、人材市場での価値の二極化が進んでいます。 高度なAI活用能力を持つ人材を維持・獲得するためには、従来の職能給とは異なるインセンティブ設計が必要になります。   

​Q6. 国内の先進企業は、具体的にどのような組織改編を行っていますか?
​A6. 共通しているのは「機能の統合」と「データの集約」です。

  • ​資生堂: ブランド間の機能を統合した「ブランドマーケティング本部」を新設。   
  • ​花王: 事業・販売とデジタル戦略部門を密に連携。   
  • ​ユニ・チャーム: データの利活用に特化した「マーケティングインテリジェンス部」を設置。

これらは、組織のサイロ化(縦割り)を打破し、意思決定を高度化することを目的としています。   

​Q7. AIの導入が進むと、将来的にマーケティングの仕事は人間には不要になりますか?
​A7. いいえ、役割が変わります。 実行の多くはAIが担いますが、人間は「戦略的監督」と「人間性の担保」を担うことになります。 特に、AIによるレコメンドに懐疑的な消費者も存在するため、最終的な購買決定における「人間同士の信頼」や「実体験」の設計は、人間にしかできない重要な領域として残ります。   ​

参考・出典

宮下 洋子
宮下 洋子
同志社大学文学部卒業、TiasNimbus Business School(オランダ)MBA。兵庫県神戸市出身 サイコム・ブレインズにて若手から経営層、海外ナショナルスタッフまで幅広い層を対象に、育成ソリューションの企画・提供に従事。その後コンサルティングファームにてDX人材・(デジタル)マーケティング人材の育成、タレントマネジメント制度構築、人事総務改革、業務改善・効率化(BPR・BPO)等に携わり、事業・業務の変化トレンドをおさえた機動的な人材育成・組織改革に注力する。

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