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人間への「共感力」を育てる ー 「顧客体験」が企業成長をわける時代の人材育成とは

モノが飽和する現代、消費者は​商品/サービスにスペックの向上(より速く、より安く)よりも、「どんな体験をするか」という顧客体験(UX)を重視するようになっています。 ユーザー自身も気づいていない「潜在的ニーズ」の掘り起こしが鍵であり、これにはデザイン思考の核である「共感(Empathy)」が不可欠とされます。

AIと共創し高度な顧客体験の創出に成功した企業が、顧客のロイヤリティや事業収益を大きく伸ばしている今、デザイン思考スキルは、企業の人材育成におけるコアスキルといえるでしょう。 これは営業やマーケティング、事業企画部署に限った話ではなく、人事や財務といったサポート部門でも同様です。 自身の顧客(従業員や経営層など)に価値を提供できなければ、技術による代替・自動化やアウトソースの対象となります。

本稿では、デザイン思考がイノベーション手法にとどまらず、生存のための戦略的インフラになっている状況を解説し、ビジネスパーソン全員が特に重視すべきスキルやマインド、それらを強化するための日常行動を紹介します。

目次[非表示]

  1. 1.AIと共創するデザイン思考
    1. 1.1.伝統的プロセスの高度化と「問い」を立てる力
    2. 1.2.エージェント型AIの活用
  2. 2.重視されるソフトスキルとマインドセット
    1. 2.1.デザイン思考のスキル体系
    2. 2.2.日常生活でデザイン思考を強化する
    3. 2.3.コンピテンシー評価と人材開発
  3. 3.まとめ: AIが不可能な深層的・感情的洞察が競合優位性に
  4. 4.参考・出典

AIと共創するデザイン思考

別記事で述べた通り、デザイン思考とAIを活用することで高度な顧客体験の創出が可能になっている現在、デザイン思考は収益に直結する戦略資産となっています。

デザイン思考がトレンドとなった2010年代の後半、多くのコンサルティングファームやリサーチ会社が、AppleやNike、IBMなどの「デザイン重視企業」の株価成長率や投資対効果(ROI)の高さ、意思決定スピードの向上を報告しました。 日本でも政府レベルで「デザイン経営」の重要性が説かれ、2018年に経済産業省と特許庁は「『デザイン経営』宣言」で、デザインをブランド構築とイノベーションの源泉として活用することを提言しました。 いわばデザイン思考は、「市場での生存率と利益率を最大化するための経営インフラ」であるといっていいでしょう。

このデザイン思考の価値は、デジタル技術の組み合わせ、とくにAIとのパートナーシップにより、さらに高度な成果創出が可能になったことで、ますます向上しています。 

伝統的プロセスの高度化と「問い」を立てる力

デザイン思考の基本である「共感、定義、着想、試作、テスト」は、テクノロジーの進化によってその質とスピードが劇的に向上しています。

<デザイン思考の5段階の進化・必要能力>

  1. 共感(Empathize): 従来の対面インタビューや観察に加え、AIによる大規模な行動データの解析が組み合わされている。利用ログや行動データから、ユーザーが「言っていること」と「実際に行っていること」の乖離を捉えることで、より深い洞察を得るアプローチが一般化しつつある。
  2. 定義(Define): 症状ではなく根本原因を射抜く「問題定義」の能力が重視される。 ビジネス上の課題とユーザーの行動パターンを照らし合わせ、「How Might We?(私たちはどうすれば〜できるか?)」という創造的な問いを立てることが、人間の最大の役割に 。
  3. 着想(Ideate): 心理的安全性が確保された環境で、AIを共同クリエイターとして活用。 AIは人間が思いつかないような突飛な組み合わせを数秒で数千提案できるため、人間はそれらを評価し、洗練させる役割を担う。
  4. 試作(Prototype): AIツールによる「超高速プロトタイピング」で試作時間の大幅短縮が可能になり、初期段階での検証コストが大幅に削減。
  5. テスト(Test): 限定的な実験と検証から、リアルタイムのエンゲージメントデータを追跡するような、継続的なフィードバックループへ。

エージェント型AIの活用

マッキンゼーは2025年に、AIが「応答ボット」から、自律的に計画を立て、複雑なタスクを実行する「エージェント型AI(Agentic AI)」へと進化したことが大きなイノベーションであると報告。 これに伴い人間は、「自ら作業を実行する人」から「AIを導くオーケストレーター」への転換を迫られています。

<エージェント型AIの能力>

  • 認知の拡張: AIはテキストに加え音声・ビデオ、感情的なニュアンスを含んだマルチモーダルな生成が可能になり、デザインプロセスのあらゆる段階で高度な分析と推論が可能に。
  • スキルの民主化: AIへの言語的指示だけで、従来は専門スキルが必要だったアニメーション制作や高度なモデリングが可能になり、非専門家のデザインプロセスへの深い関与・多様な視点の取り込みが可能に。 

重視されるソフトスキルとマインドセット

AIが膨大なデータをもとに合理性の高いアウトプットを出せる現在、そのレベルにとどまらず、さらに深い洞察や本質的・創造的な問いによるアイデアの展開が行えるかが、企業の競合優位性になるといえます。 これまで企業の人材育成はどちらかというとハードスキルの重視が見られましたが、今はこれまでにないほど、人ならではのソフトスキルの価値が高まっています。

<重要度の高いスキル・マインド>

  • アクティブ・リスニングと共感: AIには読み取れない、言葉の裏にある「文脈」や「非言語情報」を感じ取る力。
  • 批判的思考と分析: AIが生成した膨大なアイデアから、倫理性、実現可能性、ビジネスインパクトを冷静に評価する力。
  • 適応性と柔軟性: 予測不能な事態において、自らの仮説に固執せず、実験結果に基づいて柔軟に方向転換(ピボット)する力。
  • 感情的知性(EQ): 多様なステークホルダーを巻き込み、対立を創造的なエネルギーに変えるファシリテーション能力。

デザイン思考のスキル体系

前出のスキル・マインドは、まさにデザイン思考の核です。 別記事でも述べた通り、AIがペルソナ作成、ユーザーリサーチの要約、インターフェースのプロトタイプ作成を数秒で行えるようになったことで、伝統的なデザイン思考の「手順」を実行すること自体の価値は失われています。 いまデザイン思考スキルで重視されているのは、真に価値ある顧客体験を創造する際に必要な、人間理解や共創、超高速の実験・実装、社会全体への影響を長期に捉えられるシステム思考です。

▶表2: デザイン思考のスキル体系

カテゴリー

強化ポイント

テクノロジー/手法

人間理解スキル

非言語情報の読解、深層心理への共感、倫理的判断

伝統的エスノグラフィ、感情分析AI

共創・調整スキル

多様なチームの統合、心理的安全性の構築、AIとの対話

デジタルホワイトボード、AIエージェント、EQ研修

実験・実装スキル

仮説立案、超高速プロトタイピング、データに基づく検証

D2L Lumi*¹、Figma*²、リアルタイム・アナリティクス*³

システム思考

相互接続性の理解、長期的な社会的影響の評価

ISO 56001、デザイン・ジャスティス・フレームワーク*⁴

*¹D2L Lumi: 学習管理システム(LMS)の「Brightspace」を提供するD2L社が開発した、生成AIを活用した教育支援ツール群。 コンテンツ作成の自動化が可能。

*²Figma: デザインをコード(CSSやSwiftなど)に変換しやすくしデザイナーとエンジニアの橋渡しを行える、リアルタイム協調設計ツール。

*³リアルタイム・アナリティクス: データが発生した瞬間に、あるいは数秒以内に処理・分析して結果を出す手法。

*⁴デザイン・ジャスティス・フレームワーク: デザインのプロセスや結果が、不当に不利益を被っているコミュニティを排除せず、むしろその力を回復させるためにどうあるべきかを問い直す考え方。 AIのアルゴリズムにおける偏見(顔認証システムが特定の肌の色を認識しにくい等)や、公共施設のアクセシビリティの問題など、設計者の無意識の偏見が、社会的な格差を固定化してしまう事例が増えているため注目されている。

従来は強化するのが難しかったソフトスキルも、AIが強化を支援してくれる時代になっています。 一方で、ハードスキルと比べて自律的な習熟が難しいことは変わりません。 とくに業務でのAI活用が当たり前になっている現在、日常において、人間の感情や深層心理への感度・洞察力を磨くことが重要だと感じます。

日常生活でデザイン思考を強化する

デザイン思考を強化するためには、特別なトレーニングだけでなく、日常生活における「観察」「リフレーミング(視点の転換)」「アイデア発散」の習慣化が有効です。 以下に、毎日実践できる具体的なアクションをまとめます。

1. 観察・共感力を高める行動

  • 事実の詳述トレーニング: 身近な光景や出来事を、箇条書きではなく「1つの長い文章」で詳細に書き起こします。 これにより、些細な事象の裏にあるストーリーや文脈を読み取る力が養われます。
  • シャドーイング: 街中や職場で、人々の行動をさりげなく観察(シャドーイング)します。 彼らが何に苦労し、どのようなしぐさで反応しているかを観察することで、言葉にされないニーズを発見する練習になります。
  • 現場探索(ウォークアバウト): 普段と違う道を通る、あるいは実際の店舗などの現場を歩き回って気になったものを写真に収めることで、自身の先入観を外し、新しいインスピレーションを得る機会を作ります。
  • 「空の椅子」の活用: 会議や検討の場に、顧客を象徴する「空の椅子」を置いたと仮定し、「もし顧客がここにいたら、今の議論をどう思うか?」と常に問い直す習慣をつけます。

2. 課題を再定義する(リフレーミング)習慣

  • 「なぜ」の5回反復: 問題に直面した際、安易に解決策へ飛びつかず、「なぜ」を5回繰り返して根本原因(ルートコーズ)を深掘りします。
  • 「もし~なら(As if)」の視点: 行き詰まったとき、「もし自分が尊敬するあの人だったら?」「もし10年後の成功した自分だったら?」と自分以外のフレームを借りて考え直します。
  • 時間軸のシフト: 「この問題は1年後や5年後にはどう見えるか?」と時間軸をずらして捉え直すことで、現在の課題を客観視し、冷静な対処を可能にします。

3. アイデア発散・瞬発力のドリル

  • 30サークル: 3分間で30個の円を、時計や顔、ボールなど具体的なものに変えるスケッチを毎日行います。 アイデアの数(流暢性)と種類の幅(柔軟性)を鍛えるウォーミングアップとして有効です。
  • 代替用途テスト: 身近なもの(レンガ、クリップ、靴など)について、2分間で「本来の用途とは異なる使い道」をできるだけ多く書き出します。 これは拡散的思考を鍛える代表的なテストです。
  • クレイジー8: 5~10分という短時間で、1つの課題に対して8つの解決案をスケッチします。 完璧を求めず、短時間で多くの案を形にする瞬発力を養います。
  • 「面白い」メモ: 日常で感じた「面白い」「違和感がある」といった感情を逃さずメモします。 あとで見返すことで、意外なつながりやアイデアの種が生まれます。

4. 試作と学習のルーティン

  • 小さな実験の反復: 大きな変化を起こす前に、まず「10分早起きする」「いつもと違うツールを試す」といった低リスクな実験を繰り返します。 失敗を学習の機会として捉えるマインドセットを構築します。
  • 「イエス・アンド(Yes, And)」: 会話の中で他者の意見を否定せず、「いいね、そして…」と繋げる即興劇の手法を取り入れ、自分やチームの創造的な思考を止めない訓練をします。

とくに近年の若手の傾向として、チャット形式の端的なコミュニケーションが多いことで、事象の詳述を苦手としていたり、すぐ回答を得たい・タイパへの志向から、根本原因(深層心理や複雑なシステム)まで深堀りする姿勢が無意識に弱くなっていることが危惧されます。 また業務においてデータと向き合う機会が多くなると、相対的にリアルな行動観察が軽視される懸念もあります。 行動や心理の分析経験を通じて人への知見を育てていない場合、ビジネスシーンで表層的な解決策(デジタルツールの単なる導入、AIのアウトプットそのままなど)に陥る例が散見されます。

こうしたソフトスキル・マインドを定着させるには、日常行動を通じた思考・行動の「癖付け」が有効ですので、まずは少しの時間でも、繰り返し行うことをおすすめします。

コンピテンシー評価と人材開発

最後に、デザイン思考を全社に浸透させるためには、個人の行動評価(人事評価)にその要素を組み込むことが不可欠です。 楽天などで活用される「コンピテンシー評価」が有用ですが、どんなコンピテンシーを評価するかは企業によっても異なるため、ここでは比較的よく導入されるコンピテンシーの例を解説します。

▶表3: コンピテンシー評価の例

領域

項目例

行動特性

達成・行動

イニシアチブ、情報収集能力

失敗を恐れず自ら行動し、多角的な情報を能動的に集める

対人支援・共感

顧客支援志向、対人理解

顧客の潜在的ニーズを察し、その背景にある感情を理解する

知的領域

概念的志向、柔軟性

複雑な事象からパターンを見出し、状況に応じて思考を切り替える

管理・協働

チームワーク、他者育成

部門の壁を超えて協力し、他者の創造性を引き出す

このような定性評価の質を安定させ、その効果性を継続的に向上させるには、下記ポイントをおさえましょう。

1. 評価基準を「動詞」で具体化する

コンピテンシー評価で最も多い失敗は、基準が抽象的すぎて評価者によって解釈が分かれることです。 言語化を徹底し、例えば「イニシアチブ」という単語にとどめず、「会議で反対意見が出た際、自ら議論を整理し、合意形成に向けた対案を出す」といった、誰が見ても同じ絵が浮かぶ行動(動詞)に落とし込みましょう。

2. 「成果」と「行動」の相関性を検証する

コンピテンシーは単なる「いい人」を評価する指標ではありません。 「高い成果を出す人に共通する行動特性」である必要があります。 継続的なハイパフォーマー分析を行い、 実際に社内で高い売上や成果を上げている社員が無意識に行っている「知的領域(概念的志向)」や「対人支援」の動きをモデル化して、評価基準を進化させ続ける必要があります。

3. 評価プロセスを「育成」にシフトする

コンピテンシー評価の本質は、査定の決定ではなく「行動変容」にあります。 事実(エピソード)ベースの対話が重要であり、評価面談では「あなたは柔軟性が足りない」と主観を伝えるのではなく、「あのプロジェクトの変更時に、どう思考を切り替えたか?」という事実を確認しましょう。 年1〜2回の評価時だけでなく、日常的に「今の動きは『顧客支援志向』を体現していたね」といったフィードバックを行うことで、行動が定着します。

ソフトスキルやマインドという、測定するのが難しい「人ならでは」のスキルの強化が、AIと共創する時代の成果創出の鍵です。 現場におかえるデザイン思考活用の「勝ち筋」を抽出して、社員全員がイメージできる具体行動を定義し、さらに事業やプロセスの進化に応じて、評価基準もアップデートできるかが、人材育成の成果を大きく左右します。

まとめ: AIが不可能な深層的・感情的洞察が競合優位性に

DXの現場では、デジタルソリューションの豊富な機能性が着目されがちです。 誰にどんな価値を提供するのか/どんなペインポイントを解決するのか、それは期待行動に繋がるくらい充分大きい/深刻か、どんな影響をもたらすのか、といった本質的・包括的な分析なしで意思決定が行われているケースも数多く見てきました。 技術進化でできることは増えても、それが顧客や従業員の大きな価値体験につながらなければ無駄な投資である、という基本を改めて意識させるために、顧客価値や体験ストーリーを重視するデザイン思考は非常に有用です。

一方で、現場の関係者にデザイン思考のワークショップを行うと、部署・年齢問わず、顧客のペルソナやカスタマージャーニーの分析が浅い傾向をよく目にしました。

<顧客洞察における典型例>

  • 行動の動機や深層心理について「ありそうだけど、そうじゃないともいえる」浅いレベルにとどまる。 自身の主観の影響が大きく、仮説を数多く・幅広く考えられないため、多様な視点からの検討、確度の高そうな仮説へブラッシュアップできない。
  • 顧客の大きなペインポイント=動機となる感情・心理(不安、恐れ、嫌悪など)を洞察できていないことから、提示する顧客への提供価値が小さめ(「ないよりあったほうがよい」レベル)で、購買など期待行動への動機が弱い。

データ駆動型組織への変化が進み、業務で統合的な分析データが重視されるようになると、1人1人の顧客のリアル・一次情報に触れる機会や、その重要性が見失われがちかもしれません。 しかし、データ収集・活用が当たり前になりつつある今、企業の差別化要因となるのは、AIがリーチできない「データにならない」部分です。 些細な事象の裏にあるストーリーや文脈を読み取れる力、人の無意識の反応・しぐさの背後に心理や考えを洞察する力。 それらをもとにAIのアウトプットを評価・調整し、人にとって本質的価値の高いものに洗練できる力は、AIが進化しても代替されない人間のコアスキルです。

今後、AIの思考で、人間が意識せずとも最適な体験が生成される「アンビエント・デザイン」の時代が到来するとされています。 そのような高度に自動化された世界では、「人間とは何か」「真に価値のある体験とは何か」という根源的な問いに答えられる企業のみが必要とされるでしょう。 自社人材が、データやテクノロジー・AIの力を信頼するあまり、そもそもの顧客の価値体験デザインを疎かにしないよう、基盤スキル教育にデザイン思考を盛り込むことを、強く推奨します。

参考・出典

宮下 洋子
宮下 洋子
同志社大学文学部卒業、TiasNimbus Business School(オランダ)MBA。兵庫県神戸市出身 サイコム・ブレインズにて若手から経営層、海外ナショナルスタッフまで幅広い層を対象に、育成ソリューションの企画・提供に従事。その後コンサルティングファームにてDX人材・(デジタル)マーケティング人材の育成、タレントマネジメント制度構築、人事総務改革、業務改善・効率化(BPR・BPO)等に携わり、事業・業務の変化トレンドをおさえた機動的な人材育成・組織改革に注力する。

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