
人材育成はウェルビーイング向上につながる?企業が考えるべき6つの実践視点
近年、企業経営や人的資本の文脈で改めて「ウェルビーイング」が注目されています。多くの研究において、従業員のウェルビーイングが生産性や組織成果と関係することが指摘されています。
「ウェルビーイング」という言葉自体は決して新しいものではありません。古くは健康や幸福の概念として議論され、WHOの健康定義や心理学研究の中でも長く扱われてきました。
働き手の価値観が多様化する中で、企業が持続的に成長するためには、従業員の働きがいや成長機会を含めたウェルビーイングを高める取り組みが重要だと考えられるようになっているのです。
しかし現場では、「福利厚生の話なのか」「人材育成とどう関係するのか」といった疑問を持つ人事担当者も少なくありません。本記事では、ウェルビーイングの歴史と基本概念を整理したうえで、人材育成との関係、そして企業が取り組むべき実務的な示唆を解説します。
目次[非表示]
ウェルビーイングとは何か
ウェルビーイングは単なる「幸福」ではなく、健康・心理状態・社会関係などを含む包括的な概念です。まずはその歴史と構造を整理します。
ウェルビーイング概念の歴史
ウェルビーイングという概念は20世紀半ばから健康や幸福研究の分野で使われてきました。1946年のWHO憲章では、健康は「身体的・精神的・社会的に完全に良好な状態」と定義されています。この考え方はウェルビーイングの基盤とされています。
その後、心理学では主観的幸福感や自己実現などの研究が進み、生活満足度や人生の意味などが議論されてきました。さらに近年はOECDなどが社会指標としてウェルビーイングを測定し、企業経営の分野でも注目されています。
ウェルビーイングの構成要素
企業におけるウェルビーイングは、主に次の要素で構成されます。
- 心身の健康
- 心理的安全性
- 社会的つながり
- 成長機会
企業におけるウェルビーイングを考えるうえで、特に重要とされるのが「成長機会」です。成長機会が重要とされる背景には、心理学の自己決定理論(Self-Determination Theory)があります。この理論では、人が内発的な動機を持って活動するためには「自律性」「有能感」「関係性」という三つの基本的欲求が満たされることが重要だとされています。
人材育成や学習機会は、このうち特に「有能感」、つまり自分の能力が高まっているという感覚を満たす要素とされています。従業員が新しいスキルを身につけたり、成長を実感したりする機会があるほど、仕事への満足度や幸福感が高まりやすいと考えられています。
▶図1 ウェルビーイング概念の発展

ウェルビーイングは健康概念から社会・企業領域へ発展
実務への落とし込み
健康施策だけでなく成長機会まで含めて考える。
なぜ企業はウェルビーイングを重視するのか
企業がウェルビーイングを重視する理由は、従業員満足のためだけではありません。組織成果との関係が研究でも示されています。
生産性との関係
Gallupの調査では、従業員のエンゲージメントが高い組織は、生産性や収益性などの組織成果が高い傾向にあることが報告されています。ウェルビーイングはエンゲージメントの基盤となる要素であり、働きがいや心理的安全性、成長実感などに影響を与えると考えられています。
実際に、Gallupの「State of the Global Workplace Report」では、エンゲージメントの高い組織は低い組織と比べて生産性や収益性など複数の指標で高い成果を示す傾向があると報告されています(Gallup, State of the Global Workplace Report 2023)。
そのため近年では、従業員のウェルビーイングを単なる福利厚生のテーマとしてではなく、組織パフォーマンスを高める経営課題として捉える企業も増えています。
人材確保の観点
若い世代は給与だけでなく
- 働きがい
- 成長機会
- キャリア展望
を重視する傾向があると、例えばデロイトの調査「Global Gen Z and Millennial Survey」では指摘されています。働き手の価値観の変化も、企業がウェルビーイングを重視する背景の一つです。
こうした価値観の変化を踏まえ、企業は従業員が成長や働きがいを感じられる環境づくりを重視するようになっています。
▶表1 ウェルビーイングと組織成果
要素 | 組織効果 |
|---|---|
心理安全 | 意見共有促進 |
成長機会 | モチベーション向上 |
社会関係 | チーム強化 |
実務への落とし込み
ウェルビーイングは人事施策ではなく経営テーマ。
人材育成はウェルビーイング向上につながるのか
人材育成とは、従業員が能力を高めるだけでなく、自分の成長を実感しながら働く意味やキャリアの方向性を見出すプロセスであり、その経験が結果としてウェルビーイングの向上にもつながると考えられます。
成長実感と幸福度
心理学研究では、人は「成長している」と感じると幸福度が高まるとされています。新しいスキル習得や役割拡大は自己効力感を高めます。
学習文化の影響
学習機会が豊富な組織では
- 挑戦を歓迎する
- 失敗から学ぶ
- キャリア展望が描ける
といった文化が形成されます。
サイコム・ブレインズの企業向けプログラムでも、講義中心ではなくディスカッションや実務課題を組み合わせた学習設計が重視されています。こうした設計は能力開発だけでなく、参加者が自分の経験を振り返り意味づけを行う機会を生みます。
●サイコム・ブレインズの研修プログラム
▶図2 成長実感の構造

実務への落とし込み
研修を「成長体験」として設計する。
ウェルビーイングを高める人材育成の特徴
人材育成はすべて同じ効果を持つわけではありません。研修や教育の設計によって、従業員の成長実感やモチベーションへの影響は大きく変わります。ウェルビーイングの観点から見ると、単に知識を伝える研修よりも、主体的な学びや他者との対話を促す学習環境のほうが効果的だと考えられています。ここでは、ウェルビーイング向上につながりやすい人材育成の特徴を整理します。
自律性を高める学習
ウェルビーイングに関する研究では、人が幸福感を感じるためには「自律性」「有能感」「関係性」の三つの要素が重要であると指摘されています。その中でも企業の人材育成において特に重要なのが自律性です。
自律性とは、従業員が自分の意思で学びや成長の方向を選べる状態を指します。企業が一方的に研修を与えるだけではなく、個人が主体的に学びを選べる環境を整えることで、学習へのモチベーションは大きく高まります。
具体的には次のような取り組みがあります。
- 選択型研修制度
- 社内大学
- 自己啓発支援制度
- キャリア研修
こうした制度は、単にスキル習得の機会を提供するだけではなく、「自分のキャリアは自分でつくる」という主体性を育てる役割を持ちます。自律的な学習環境は、仕事への納得感や成長実感を生みやすく、結果としてウェルビーイングの向上にもつながります。
社会的学習
人は他者との関係の中で学ぶ存在です。研修や教育の場においても、個人学習だけでなく、対話や共同学習の機会があるほど学習効果が高まるとされています。例えば、70:20:10モデルでは、職場での学習の多くは実務経験や他者との関わりを通じて行われるとされています。メンタリングや1on1ミーティングなどの対話型の学習は、従業員の成長実感や自己効力感を高める要素として注目されています。
企業における社会的学習の代表例としては次のようなものがあります。
- 1on1ミーティング
- メンタリング制度
- コーチング
- グループディスカッション
特に管理職研修やリーダーシップ研修では、参加者同士が互いの経験を共有することで新しい視点が生まれることが少なくありません。他部署や他業界の参加者との対話は、自分の仕事を客観的に見直す機会にもなります。
サイコム・ブレインズの企業向けプログラムでも、講義中心の学習ではなく、ケースディスカッションやグループワークなどを通じた相互学習を重視しています。このような学習環境は、知識の理解を深めるだけでなく、受講者同士の信頼関係や心理的安全性を高める効果も期待できます。
▶表2 学習設計
要素 | 内容 |
|---|---|
自律性 | 学習選択 |
挑戦 | 実務課題 |
対話 | 相互学習 |
実務への落とし込み
対話型研修を増やす。
企業が取り組むべきウェルビーイング施策
ウェルビーイングは個人の意識だけで実現するものではなく、組織の仕組みや文化によって大きく左右されます。企業がウェルビーイング向上を目指す場合、福利厚生や健康施策だけでなく、キャリア支援やマネジメント、学習機会などを含めた総合的な取り組みが必要になります。ここでは、企業が実務として取り組みやすい代表的な施策を整理します。
キャリア支援
キャリア支援が従業員の満足度やウェルビーイングに影響することは、研究でも示されています。例えば、OECDのウェルビーイング研究では、仕事における自己成長やキャリアの見通しが、生活満足度や仕事満足度と関連する要素として挙げられています。また、キャリア開発支援を受けている従業員ほど、仕事へのコミットメントやモチベーションが高い傾向があるとする研究も報告されています。企業がキャリア面談やキャリア研修を導入する背景には、こうした研究知見があります。
企業では次のような取り組みが有効とされています。
- キャリア面談
- 社内公募制度
- キャリア研修
- 社内異動制度
マネジメント
ウェルビーイングに最も大きな影響を与える要素の一つが、上司によるマネジメントです。多くの調査でも、職場の満足度や働きがいは直属の上司の関わり方に強く影響されることが指摘されています。
特に重要とされる行動は次の三つです。
- 傾聴
- フィードバック
- 成長支援
まず、上司が部下の意見や悩みに耳を傾けることは、心理的安全性の基盤となります。心理的安全性が高い職場では、意見共有や挑戦が促進され、結果としてチームのパフォーマンスも高まりやすくなります。
次に重要なのがフィードバックです。適切なフィードバックは、部下の成長実感を高めるとともに、仕事の方向性を明確にします。単なる評価ではなく、学びや気づきを促す対話型のフィードバックが求められています。
さらに、上司が部下の成長を支援する姿勢も重要です。近年は1on1ミーティングなどを通じて、日常的に対話を行う企業も増えています。こうした取り組みは、仕事の進捗確認だけでなく、キャリアや学習についての対話の機会にもなります。
そのため、多くの企業では管理職向けのリーダーシップ研修やコーチング研修を導入し、マネジメントの質を高める取り組みを進めています。人材育成を通じてマネジメント力を高めることは、結果として組織全体のウェルビーイング向上にもつながります。
ウェルビーイング向上に取り組む企業の成功パターン
ウェルビーイングを高める取り組みは、多くの企業で試行錯誤が続いています。その中でも成果を上げている企業にはいくつかの共通点があります。ここでは、ウェルビーイング向上に成功している企業に見られる特徴を整理します。
学習文化を持つ組織
ウェルビーイング向上に成功している企業の多くは、組織として「学習文化」を持っています。学習文化とは、従業員が継続的に学び続けることが当たり前とされる環境のことです。
学習文化を持つ組織では、次のような特徴が見られます。
- 研修機会が継続的に提供されている
- 挑戦や失敗が学びとして共有される
- キャリア形成を支援する制度がある
このような環境では、従業員が自分の成長を実感しやすくなります。成長実感は仕事への満足度を高め、結果としてウェルビーイングの向上にもつながります。
また近年は、企業内研修だけでなく外部教育機関のプログラムを活用する企業も増えています。サイコム・ブレインズのような外部教育機関が提供するリーダーシップ教育や次世代経営人材育成プログラムも、学習文化形成の一環として活用されることがあります。
心理的安全性を重視する組織
もう一つの共通点は、心理的安全性を重視していることです。心理的安全性とは、チームの中で自分の意見を安心して発言できる状態を指し、従業員のウェルビーイングとも密接に関係しています。ハーバード・ビジネス・スクールのエイミー・エドモンドソン教授の研究によって広く知られるようになりました。
心理的安全性が高い組織では
- 意見共有が活発になる
- 挑戦や改善が促進される
- チームの信頼関係が高まる
といった特徴が見られます。
心理的安全性は、従業員のウェルビーイングに直接影響するだけでなく、組織のイノベーションにも大きく関わる要素です。そのため多くの企業では、リーダーシップ研修やマネジメント研修を通じて、管理職が心理的安全性を高めるマネジメントを学ぶ取り組みを行っています。
▶表3 組織進化
段階 | 特徴 |
|---|---|
福利厚生型 | 健康管理や福利厚生中心 |
エンゲージメント型 | 働きがいを重視 |
成長型 | 人材育成と組織開発を統合 |
ウェルビーイング施策は、福利厚生から人材育成を含む組織戦略へと発展している
実務への落とし込み
学習文化と心理安全を同時に育てる。ウェルビーイングを人材投資戦略にする。
まとめ
ウェルビーイングは単なる幸福概念ではなく、組織の持続的成長に関わる重要なテーマです。
ポイント
- ウェルビーイングは健康・心理・社会・成長の要素から成る
- 企業では生産性やエンゲージメントと関係する
- 人材育成は成長実感を生みウェルビーイングを高める
- 対話型・実践型の学習が重要
- 学習文化は人的資本経営の基盤となる
企業が継続的に成長するためには、従業員が学び続けられる環境づくりが欠かせません。人材育成を通じて成長機会を広げることが、結果としてウェルビーイング向上と企業競争力の双方につながります。
参照
Self-Determination Theory
Ryan & Deci Research
https://selfdeterminationtheory.org/theory/
World Health Organization
Constitution of the World Health Organization(WHO憲章:健康の定義)
1946年採択
https://www.who.int/about/governance/constitution
OECD(経済協力開発機構)
OECD Better Life Initiative / How’s Life? Measuring Well-being
2020年
https://www.oecd.org/statistics/how-s-life.htm
Gallup
State of the Global Workplace Report 2023
https://www.gallup.com/workplace/349484/state-of-the-global-workplace.aspx
Deloitte
Global Gen Z and Millennial Survey
https://www.deloitte.com/global/en/issues/work/content/genzmillennialsurvey.html
内閣府
Well-beingに関する取組(満足度・生活の質に関する指標群)
https://www.cao.go.jp/others/kichou/wellbeing/index.html
Harvard Business Review
Employee Well-Being Is a Strategic Imperative
2021年
https://hbr.org/2021/02/employee-well-being-is-a-strategic-imperative
Center for Creative Leadership
The 70-20-10 Rule for Leadership Development
https://www.ccl.org/articles/leading-effectively-articles/702010-rule/



