
上司と部下の信頼関係を築くコツ――上場企業の人事・経営企画が押さえるべき信頼構築の実務
部下との会話自体は成立していても、「本当に信頼されているのだろうか」「距離を感じる」と悩むマネジャーは多く存在します。特に上場企業では、職場の多様性、階層構造、専門職化が進み、上司と部下の相互理解を阻害する要因が増えています。また、人事制度や等級制度の変化により、従来型のマネジメントでは信頼関係を築きにくくなっている現状もあります。本コラムでは、経営企画・人事部門が現場のマネジャーに伝えたい“信頼を構築する技術”を、研究知見と実務の両面から解説します。
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信頼関係が組織にもたらす効果
上司と部下の信頼関係は、単なる「雰囲気の良さ」ではなく、上場企業の経営管理においては生産性・従業員エンゲージメント・離職率・心理的安全性などの指標と密接に結びつきます。特に近年、人的資本開示においては「エンゲージメント」「1on1浸透度」「マネジメント品質」などの項目が注目されており、マネジャーの信頼構築力は組織価値に直結する能力と言えます。
パーソル総合研究所の調査では、上司を「信頼できる」と答えた部下ほど、主体的行動が高まり、信頼が高いとエンゲージメントが高い/自律的行動が促進されるという結果も示されています。信頼は“心理的安全性を土台にした自律行動”を生み出し、それが組織の成果につながるのです。
その一方で、信頼が低い組織では報連相が滞り、上司への相談が「最後の瞬間」に偏る傾向が見られます。経営企画や人事からすると、現場での小さな課題が可視化されるタイミングが遅れ、リスク管理の遅れにも繋がります。これは、信頼が欠如した組織特有の現象といえます。
▶表1:信頼関係と組織成果の関係(厚労省・パーソル研データより作成)
指標 | 信頼関係が高いチーム | 信頼関係が低いチーム | 解説 |
|---|---|---|---|
離職意向 | 低い | 高い | 信頼が定着率を支える |
チーム成果 | 高い(×1.5) | 低い | 協働意欲が向上 |
1on1満足度 | 高い | 低い | 日常対話の質が影響 |
今日からできるポイント:
信頼は「職場のムード」ではなく「人的資本の核心指標」である。
信頼の二層構造を理解する:「認知的信頼」と「感情的信頼」
関西大学(2023)の研究によると、信頼は「認知的信頼」と「感情的信頼」の二層で構成されます。
認知的信頼(能力への信頼)
上司の判断力・専門知識・意思決定の公正さに基づく信頼です。中堅層ほど「能力があるか」「説明が一貫しているか」を重視します。
感情的信頼(人間性への信頼)
若手やZ世代は「誠実さ」「共感的対応」を重視します。小さな約束の履行や、気持ちへの共感が信頼を積み上げます。
▶表2:信頼の二層構造モデル(関西大学研究より)
種類 | 内容 | 主な形成要因 |
|---|---|---|
認知的信頼 | 能力・公正さへの信頼 | 専門性・説明責任・公平性 |
感情的信頼 | 人間性・誠実さへの信頼 | 共感・誠実さ・約束の遵守 |
認知的信頼・感情的信頼という二層構造は、研修設計にも応用できます。
上場企業の管理職層は、昇格と同時に“求められる判断範囲”が急拡大します。そのため、部下は「この上司は正しい判断ができるか」をシビアに見極めます。認知的信頼が低いと、どれだけ人柄が良くても部下は不安を抱えます。
一方、感情的信頼は日常の“ふるまい”で蓄積されます。たとえば、次のような行動は部下が強く反応するポイントです。
- 忙しくても一度視線を上げて話を聞く
- レビューの際に“良い点”から伝える
- 小さな相談にも「ありがとう」と返す
- 部下の成果を他部署の会議で紹介する
今日からできるポイント:「専門性で信頼される上司」+「誠実な態度で信頼される上司」という両輪が必要。
信頼を築く3ステップ:自己開示・共感・継続的対話の進め方
ハーバード・ビジネス・スクール(HBS)の研究(Jiang, Brooks & John, 2024)では、リーダーが“センシティブな自己開示(Sensitive Self-Disclosure)”──自分の価値観や失敗、迷いをあえて率直に共有すること──によって、部下の知覚する「誠実さ」や「本物らしさ(Authenticity)」が高まり、信頼形成が促進されることが実証されています。
特に、上司が自分の考えや価値観を語ると、部下は「人間味のある上司」「自分を理解しようとしてくれる存在」と感じやすくなり、対話の質が向上します。
この研究から導かれる信頼形成の流れは、次の3ステップに整理できます。
まず、自己開示によって上司が自分の背景や考えを開示し、心理的な距離を縮める。
次に、共感を通じて部下の立場や感情を受け止め、相互理解を深める。
そして、継続的対話により、単発ではなく定期的なやり取りを重ねることで、信頼が定着していくというものです。
HBSの実験では、このような「自己開示を取り入れた1on1」を継続した上司のグループは、そうでないグループに比べて部下の信頼スコアが約1.8倍高かったと報告されています。
つまり、信頼は一度の対話では生まれず、上司側が「自分の内面を少しずつ見せ、相手を理解しようとする姿勢」を継続的に示すことで強化されるのです。
HBSの研究に基づくモデルに加え、実務で特に効果が高いのは「開示の粒度」の調整です。
上場企業の管理職に多いのは、「開示する内容が重すぎる/軽すぎる」というバランスの問題です。
悪い例
- 過度に抽象的な自己開示(例:「自分も若い頃は苦労したんだよ」)
- 過度に重い開示(例:上層部への不満や評価制度への批判)
どちらも、部下は反応に困ります。
良い例
- 「このプロジェクトでは◯◯に特に気をつけていて、理由は〜」
- 「実は自分もこの判断で迷っていて、2案で比較している」
部下は“判断のプロセス”を知ることで安心し、共感が生まれます。
今日からできるポイント: 次の1on1で“自分の価値観”を少しだけ共有してみる。
世代・タイプ別に見る上司の関わり方のポイント
世代によって、信頼の軸が異なります。
経営企画・人事の視点では、世代間ギャップによるコミュニケーション摩擦は離職の温床になり得ます。
特にZ世代は転職市場の活発化を背景に、上司との関係性を「働き続けるかどうか」の判断に大きく影響させます。
若手・Z世代
「納得感」「共感」を重視。指示よりも“理由”の共有を求めます。
中堅層
「公正な評価」「裁量の尊重」を信頼基盤とします。
ベテラン層
「経験の尊重」「相談の姿勢」に信頼を感じます。
例)Z世代が信頼を感じる行動(実務データより)
- 意見を否定せず一度受け止める
- 「なぜこの仕事をやるのか」をストーリーで伝える
- 役割期待を明確に伝える
- 相談のハードルを下げる(チャットで一言でもOKルール)
中堅層には「裁量の提供」が最重要。
ベテラン層には「経験の扱い方」が鍵になります。本人の長年の知恵を“意見として聴く場”をつくると信頼が増します。
▶表3:世代・タイプ別の信頼構築ポイント
タイプ | 信頼を築くポイント | NG対応 |
|---|---|---|
Z世代 | 理由の共有・共感 | 一方的指示 |
中堅層 | 裁量・成果期待 | 過干渉 |
ベテラン | 尊重・相談姿勢 | 軽視・軽口 |
今日からできるポイント:
世代による“信頼の基準”が異なることを前提に接する。
信頼を育む1on1と日常コミュニケーションの実践法
日本キャリア・カウンセリング学会(2023)の研究
『1on1ミーティングの現状と課題に関する一考察―国内大手メーカーA社管理職調査』によると、1on1は上司と部下の信頼関係を深めるうえで極めて重要な対話の場であることが明らかになっています。
同研究では、管理職の多くが「1on1を実施している」と回答する一方で、信頼関係の構築につながっていると実感している割合は5割未満でした。
この理由として、①目的の不明確さ、②上司の一方的な発言、③継続的なフォロー不足が指摘されています。
つまり、1on1を“評価や確認の場”として形式的に運用してしまうと、むしろ信頼を損ねるリスクがあるのです。
一方、信頼を育む1on1の特徴として、以下の3つの行動が共通して見られました。
- 約束を守る:会話の記録や宿題をきちんとフォローし、言葉と行動の一貫性を示す。
- リアクションを返す:相談や報告への応答を速やかに行い、「受け止めてもらえた」という感覚を生む。
- 感謝を伝える:努力や小さな成果を日常的に言葉にして称える。
▶表4:信頼を深める1on1の3つの行動(日本キャリア・カウンセリング学会研究をもとに作成)
行動 | 効果 | 注意点 |
|---|---|---|
約束を守る | 一貫性が信頼の礎になる | 小さな約束ほど丁寧に |
リアクションを返す | 部下の承認欲求を満たす | 無反応は信頼を損なう |
感謝を伝える | モチベーション維持 | 定期的に言葉で伝える |
このように、1on1は継続的な対話と誠実なリアクションの積み重ねによって信頼の“場”に変わります。
重要なのは、「部下に話させる時間を確保する」ことと、「一度の面談で終わらせず、次の対話へつなげる」意識です。
また、1on1の実効性を高めるためには、**「短期的効果」ではなく「長期的関係性の設計」**(?)が重要です。
多くの上場企業の研修事務局が悩むポイントは以下です:
- 上司によって1on1の質がバラつく
- 評価と混同してしまう
- 「何を話せばよいか」部下が分からない
- 継続せず“単発の会話”で終わる
これらを避けるためには、「型」を持つことが効果的です。
1on1の基本“4つの型”
- 近況確認型:負荷や働き方を把握
- 業務深掘り型:課題・工夫点を可視化
- キャリア探索型:目指す姿の整理
- リフレクション型:仕事の意味づけを促す
毎回すべてをやる必要はありません。
「今日は近況確認に絞ろう」など、テーマを決めるだけで会話の質は大きく変わります。
今日からできるポイント: 1on1を“信頼を確認する習慣”として、形式ではなく関係性の更新の場にする。
信頼関係を崩さないための注意点とリカバリー手順
信頼は築くよりも失うほうが容易です。上場企業のマネジャーは、複数プロジェクト・ステークホルダーに囲まれ、意図せず信頼を損ねるリスクが高まります。
上司と部下の信頼を損なう4つのNG行動
① レスポンス不足・後回し
相談しても反応がない、返信が遅い、話しかける隙がない──
こうした状況は部下に「自分は優先度が低い」と感じさせ、信頼が一気に下がります。
② 約束の未履行・フォロー抜け
小さな約束でも守られないと、部下は「言うだけで行動しない上司」と受け取ります。
フォローの遅れは、不信の原因になる典型パターンです。
③ 言動の不一致
言っていることと実際の行動が違うと、部下は上司の言葉を信じなくなります。
評価・判断・態度に一貫性がない状態は、信頼を大きく損ないます。
④ 感情的な反応
怒り・苛立ち・ため息・否定から入る姿勢は、部下の“話しにくさ”を作り出します。
感情的な応答が続くと、部下は相談や報告を避けるようになります。
特に注意すべきは「沈黙」と「後回し」です。
信頼は「時間の投資量」を敏感に察知します。
返信を翌日に回すだけでも、不信感につながることがあります。
もし信頼を損ねた場合は、誤りを認める→共感→行動の順で回復を図ります。
▶表5:信頼関係のリカバリープロセス
ステップ | 行動例 | 効果 |
|---|---|---|
認知 | 自ら非を認める | 誠実さが伝わる |
共感 | 相手の感情を理解 | 安心感を回復 |
行動 | 改善策を継続 | 信頼の再構築 |
今日からできるポイント: 説明よりも“行動”で信頼を取り戻そう。
まとめ
上司と部下の信頼関係は、成果と定着率を左右する組織基盤です。
- 信頼は「認知的信頼(能力)」と「感情的信頼(誠実さ)」の2層構造
- 信頼は人的資本経営の核となる指標
- 自己開示→共感→継続的対話が信頼を強化
- 世代やタイプに応じた関わり方が効果的
- 1on1は「関係性の更新」の場
- 日常の小さな誠実さが信頼を育てる
信頼は“築くもの”ではなく“育て続けるもの”。
そして、その出発点となるのが1on1の質です。
対話の設計力・質問力・リアクション力を磨くことで、1on1は単なる「面談」から「信頼を生む場」へと変わります。
MBK Wellnessの研修サービス「まなラン1on1トレーニング」では、実際の部下との対話を題材に、信頼形成につながる1on1の進め方をロールプレイとフィードバックで実践的に学べます。
日々の1on1の質を高め、信頼を育てる力を組織全体で育んでいきましょう。
FAQ
Q1. 信頼関係を可視化する指標はありますか?
A:1on1頻度、心理的安全性スコア、離職予兆データなどが活用できます。
Q2. 信頼を築くのが苦手なマネジャーへの支援策は?
A:1on1の型、質問リスト、ロールプレイ研修が効果的です。
Q3. 評価者と1on1実施者を分けるべき?
A:高度に形式が強い組織では有効ですが、基本は同一のほうが関係性は深まります。
Q4. 部下が本音を言わない場合の最初の一手は?
A:部下への質問よりも「上司の自己開示」から始めることです。
Q5. 信頼されない上司の典型パターンは?
A:反応の遅さ、言動の不一致、否定から入る、話を奪うなどです。
参照・出典
パーソル総合研究所『上司と部下の信頼関係に関する研究』(2025)
https://rc.persol-group.co.jp/thinktank/data/spiral-relationship-of-trust/関西大学『上司・部下関係における信頼と被信頼の心理的効用と相補性』(2023)
Harvard Business School Jiang, L. S., Brooks, A. W., & John, L. K. (2024). Fostering Perceptions of Authenticity via Sensitive Self-Disclosure. HBS Working Paper No. 24-044.
日本キャリア・カウンセリング学会『1on1ミーティングの現状と課題に関する一考察―国内大手メーカーA社管理職調査』(2023)
厚生労働省『働き方と職場の人間関係に関する調査』(2023)



