
現代版「目標管理」の正しい方法と成功事例 —— 目標管理を廃止/刷新した企業から学ぶ、成果が出る仕組み
目標管理(MBO/目標による管理)は長年にわたり組織のパフォーマンス向上手段として用いられてきましたが、近年その「やり方」をめぐる議論が活発です。 年度末の評価と連動した硬直的な目標管理は、協働の阻害や短期志向を生み、撤廃や見直しに踏み切る企業も増えています。 本稿では「なぜ今、目標管理の見直しが必要なのか」を整理し、従来型が陥る代表的失敗、目標管理を廃止した/刷新した企業の国内外の実例、そして“正しい”目標管理の設計要点と導入手順を提示します。
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目標管理の重要性が増す理由
VUCA/デジタル変革の時代に、組織目標と個人行動の連動はますます重要です。 一方で、目標が“管理のための形式”に堕すると弊害が出るため、正しい設計が不可欠です。
なぜ目標管理が今求められるのか
変化の速い事業では、戦略と現場の整合が生死を分けます。 目標管理は、戦略の優先順位を個人の行動に結びつける唯一無二の手段になり得ます。 特に、企業のDX投資が増える中で、どの活動にリソースを振るかの判断メカニズムとして目標管理が必要になります。
一方でトレンドは「柔軟性」と「頻繁な対話」へ
「年1回の目標・年1回の評価」ではタイムリーな軌道修正ができません。 Adobeが年次評価を廃止し「Check-in(定期的な対話)」に切り替えた事例は、より短サイクルでの目標見直しとフィードバックの重要性を示しています。
従来の目標管理が陥りがちな失敗とその理由
従来の目標管理は「評価と連動」「数値目標の固定化」「個人重視の設計」で失敗が起こりしやすいとされます。 ここでは主要な失敗パターンとその心理的・制度的要因を示します。
年次評価に縛られた硬直化(評価が目的化)
年に一度の評価に向けて行動が歪められ、本来の学習や協働が阻害されます。 Microsoftがstack rankingを廃止した背景のように、報酬連動が強いと、個人間の競争が過度になり、協働が損なわれるケースが出ます。
目標が数値に偏り質的価値を損なう
KPI偏重で「正しいこと」より「数字を達成すること」が優先され、短期的かつ非倫理的な意思決定を誘発するリスクがあります(強引な売上形成や品質軽視など)。 組織文化に「やらせ」の動機が生まれる点が問題です。
▶表1: 失敗パターンと要因(例)
失敗パターン | 主な要因 | 結果 |
|---|---|---|
年次評価の硬直化 | 長期固定目標・報酬連動 | 協働低下・学習減少 |
数値偏重 | KPIだけを重視 | 短期志向・倫理リスク |
評価の主観性 | 上司裁量が大きい | 不公平感・モチベ低下 |
評価と目標設定は切り離し、目標は学習と改善のために用いる設計に変更する企業が増えています
目標管理のメリット・デメリット
目標管理(MBO: Management by Objectives)は正しく強力な戦略整合手段ですが、欠点を放置すると逆効果になります。 ここからは、目標管理のメリット・デメリットを理解し、目標管理に代わる/補完する手法とその成功事例を紹介します。
メリット(組織目線・個人目線)
戦略と業務の整合性向上(組織)
成果の可視化と公正な報酬判断(評価基盤)
個人の成長計画と自己効力感の向上(キャリア)
デメリット(放置すると生じる問題)
- 短期KPIの追求による長期価値の毀損
- 目標達成優先の不正行為リスク
- 評価制度が硬直化すると学習と変化を阻害
▶表2: 目標管理のメリット・デメリット比較表
観点 | メリット | デメリット |
|---|---|---|
戦略整合 | 高い | - |
公平性 | 高められる | 上司裁量で崩れる |
学習促進 | 可(設計次第) | 固定化で阻害 |
目標管理は設計次第でメリットが最大化されます。 メリットを残すには「短周期レビュー」「質的評価」「学習指標」を組み込みましょう。
目標管理の代替手段と有効性評価
目標管理/MBOは長年にわたり多くの企業で採用されてきましたが、近年では「目標に縛られる」「短期志向に偏る」といった課題が顕在化し、代替手段を模索する動きが広がっています。
代替手段の比較と特徴— “コントロール”から“アライメントと成長”へ
従来のMBOは「上位目標の分解・数値化・評価連動」による管理モデルでした。 一方で近年の代替モデルは、「管理」より「アライメント(方向性の統一)」と「学習・成長支援」に比重をおいています。 これらの制度はいずれも「目標を成果測定ではなく、学習と行動改善の契機として使う」点が共通しています。
▶表3: 目標管理代替手段例の比較
フレームワーク | 主な特徴 | 有効性 | 課題・限界 |
|---|---|---|---|
OKR (Objectives and Key Results) | 定性的目標+定量的成果指標を組み合わせ、チームの挑戦的目標を促す | 高い透明性と一体感を生む。 特にイノベーション部門で効果的 | 成果指標の設定難易度が高く、運用負荷が大きい |
ノーススター・メトリクス(NSM) | 組織の長期的価値を1つの指標に集約 | 方向性の明確化と全社整合性を促進 | 部門レベルへの落とし込みが難しい |
バリュー評価制度 | 成果ではなく「行動・価値観」の体現度で評価 | 組織文化の浸透やエンゲージメント向上に有効 | 定量化しにくく、成果主義とのバランスに課題 |
アジャイル目標管理 | 短期スプリントで柔軟に目標を見直す | 環境変化に強く、迅速な軌道修正が可能 | 中長期視点を維持する工夫が必要 |
各手法は「何を目的とするか」によって有効性が変わります。 特に、OKRとバリュー評価を併用する企業が増えており、Google、メルカリ、Sansanなどが代表的な事例です。 これらの企業は、挑戦的な目標設定をOKRで推進、日々の行動基準はバリューを基準にし、フィードバック・1on1を行うスタイルを採用。 「成果重視」と「文化醸成」の両立を目指しています。
MBOを廃止・刷新した企業の事例と成果
ここからは、MBOからOKRメインに切り替えた、およびNo Rating(レイティング廃止)に踏み切った企業の実例を、その施策の有効性と課題、得られる知見と共に紹介します。
OKR:挑戦と透明性を両立する「アライメントツール」
OKRは、Objective(目指すべき方向)とKey Results(成果の測定指標)を四半期単位で設定し、全社・チーム・個人で整合をとる仕組みです。 導入企業はGoogle、LinkedIn、メルカリ、Sansanなど。
<事例>
Google(米国)
GoogleはMBOの限界を踏まえ、2000年代初期からOKRを全社的に採用しています。 四半期ごとに挑戦的な目標を設定し、達成率70%を理想とする文化を醸成。 結果として、失敗を恐れない試行錯誤が促進され、イノベーションが持続的に生まれる仕組みを実現しています。
有効性評価
- GoogleではOKR導入により、チーム間の透明性が向上し、社員が全社戦略を理解する比率が上昇(OKR公開による情報共有効果)。
- メルカリでは、事業部間の優先順位調整が容易になり、短期開発サイクルと目標の整合が進んだ。
課題
- 運用初期は「Key ResultがKPIの焼き直しになりやすい」問題。
- 成果志向が強すぎると心理的安全性が損なわれる可能性がある。
得られた知見
- 報酬と切り離して運用することで、挑戦的目標が機能する。
No Rating:点数ではなく「期待値と貢献」で評価する
Netflixやサイボウズでは、数値評価(レイティング)を廃止しています。 No Ratingの企業では代わりに、「残したい人材かどうか(Keeper Test)」という問いに基づく判断や、チームと個人間でマッチングしたオファー条件にある貢献内容をもとに、評価が行われています。
<事例>
サイボウズ(日本)
サイボウズは2018年に従来のMBOを撤廃し、個人の目標設定を義務づけない制度へと移行しました。 代わりに、チームから貢献度や労働条件・給与をオファーし、個人の希望とすり合わせて決定。 人材要件(Cultureや行動基準の体現、役割発揮)と働き方の観点から期待されるアウトプットをもとに評価しています。 成果を数値ではなく「チームへの貢献度」や「対話の質」で評価することで、社員の心理的安全性が高まったとしています。
Netflix(米国)
Netflixは初期のOKR運用をやめ、現在は「バリューと判断基準による自己裁量型マネジメント」を採用しています。 社員に厳格な目標を課すのではなく、「どのような意思決定をすれば会社にとって最善か」という判断軸を共有。 結果として、意思決定スピードと革新性が高まった一方で、成果を測りにくい職種では評価の属人化が進み、マネジャー教育が新たな課題となっています。
有効性評価
- Netflixでは高パフォーマンス文化が維持されつつも、自由と責任の原則により社員満足度が高水準。
- サイボウズでは「多様な働き方を尊重する文化」と「評価の対話化」を進め、離職率の低下を実現。
課題
- 運用を誤ると「恣意的評価」「文化依存」に陥る危険性。
- 組織規模が大きいほど、マネジャー間の判断のばらつきが課題。
得られた知見
- 評価の数値化よりも、“信頼と期待の対話”が人を動かす。
- No Ratingは「高信頼文化の上にのみ成立するモデル」である。
制度そのものより「設計目的」と「文化適合性」が鍵
代替制度を導入する際は、「なぜMBOでは不十分なのか」を明確にしたうえで、自社の文化や成長フェーズに適した設計を選ぶことが重要です。
また代替手段の導入は単なる「評価制度の入れ替え」ではなく、組織文化の変革を意味します。 制度よりも「対話・フィードバックの習慣化」等が定着の鍵となります。
▶表4: 目的・適合する組織の特徴
手法 | 主目的 | 成果が出やすい組織 | 留意点 |
|---|---|---|---|
OKR | 戦略と現場の整合性 | 成長フェーズ企業・DX推進組織 | KPI化しすぎない |
No Rating | 自律・信頼文化 | クリエイティブ・少数精鋭組織 | 公平性確保 |
成功企業の共通点
- 目的の一貫性: 短期の数値目標ではなく、長期的な価値創造と結びつける。
- 対話中心のマネジメント: 目標設定を「合意形成プロセス」として設計。 よって「マネジャーの支援スキル」「評価の透明性」を担保する
- 学習と成長の可視化: 数値以外の成果(スキル・貢献・文化体現)を認め、「学習文化」を醸成する。
MBOを超える代替制度は、「透明性」「対話」「成長支援」を軸に、管理から共創へと進化しています。 制度設計よりも、運用プロセスの習熟と信頼関係構築を重視する文化への変化こそが本質的な成功要因のため、成功企業は「制度変更+マネジャー研修+文化浸透」を同時に実行しています。
現代版「正しい」目標管理の設計・手順
No Ratingは、恣意的評価に陥るリスクが比較的高いことから、公平性が確保しやすく各人の自律性が高い、少数精鋭の組織に向いているといわれます。 よって本章ではOKRとCheck-Inを併用した、組織規模にかかわらず効果を発揮する目標管理の設計要点と手順を紹介します。
①戦略連動 ②短周期の対話 ③質的評価・学習指標 を導入して設計
戦略の抽出: 経営側が主要KPIを3〜5に絞る。
目標設計(OKR併用): 四半期単位のOKRで挑戦目標(Objective)と測定指標(Key Results)を設定。
短周期レビュー: 月次または四半期でCheck-in*(進捗と学び)を実施。
質的評価の導入: 数値だけでなく、協働・学習・倫理を評価要素に追加。
報酬決定ルールの再設計: 評価と報酬を切り離す、あるいは複数基準を併用する。
*Check-in: 上司と部下の継続的な対話に基づいて目標・進捗・課題を話し合う制度。 大企業や人材多様な組織で効果を発揮するが、上司の対話スキルに大きく依存し、形式的運用では効果が薄れる。
戦略設定→目標設計→短周期の対話 / OKR*レビュー→フィードバック/学習→改善・目標への反映のサイクルが、現代目標管理の本質です。 とくに短周期の対話と評価/学習がサイクル化するよう仕組みを設けるのがポイントです。 Adobeは2012年に年次評価を廃止し、フィードバックの頻度向上と協働阻害の解消を目的にCheck-inを導入。 導入後、従業員離職率が30%減少し、従業員エンゲージメント指数が上昇しています。 富士通でも同様に、2021年以降「マネジャーと部下の1on1」を全社制度化し、心理的安全性・キャリア自律支援が進んだとしています。
運用時の注意点(現場対応とガバナンス)
上司のコーチング能力が鍵。 トレーナー研修を必須化する。
評価透明性を担保するためのルールとガイドラインを公開する。
デジタルツールで進捗を可視化(OKRツール、LMS、1on1ログ)する。
▶表5: 導入手順と成果指標
ステップ | 期待成果 |
|---|---|
戦略抽出 | 目標のブレを防止 |
OKR導入 | 短期で挑戦的目標を試行 |
Check-in | 学習サイクルの促進 |
質的評価 | 協働・倫理を評価 |
報酬再設計 | 長期価値重視の報酬設計 |
実践の際は、まずは1部門でOKR+月次Check-inを試行し、学びを反映して横展開してください。
今後のトレンド
進捗を可視化できるだけでなく、データ分析をもとにフィードバックの質・客観性を担保できるデジタルソリューションは今後導入が進むでしょう。 日本の管理職層は数値目標達成へフォーカスしすぎる傾向があるため、あらためて「Growth Management」の重要性・考え方を浸透させることも、ますます重要になります。
AIとデータ活用の進展
- 評価データをAIで分析し、目標進捗分析とパーソナライズド・フィードバックが加速。
例:Google「People Analytics」、富士通の「スキル可視化システム」。
「目標管理から成長管理(Growth Management)」へ
- 個人目標よりも「スキル成長」「キャリア方向性」「心理的安全性」を重視する流れが強まる。
- 特にZ世代社員は「納得感」「対話」「自己決定権」を重視し、数値評価よりも“意味づけ”を求める傾向が顕著。
まとめ
目標管理は廃止すべき制度ではなく「使い方を誤ると害を生むツール」です。 年次評価に固定されず、紹介した新たな手法のような短周期の目標・対話を導入し、数値と質をバランスさせることが望ましいです。
重要なのは目標が学習と成長を促す仕組みになっているか、評価と報酬をどう設計するか、そしてマネジャーがコーチングを実行できるかの三点です。 制度変更だけではなく、マネジャー研修や文化浸透の取り組みが成否を分けるため、導入は段階的に、まずはパイロット部門でのトライアルと検証を強く推奨します。
<チェックリスト>
1. 年次目標と報酬連動を切り分ける設計を検討する。
2. 四半期OKRと月次Check-inをまずは1部門で試行する。
3. マネジャー向け「対話とコーチング」研修を必須化する。
4. 数値KPIと質的評価(協働・学習)を両立する評価表を作る。
5. 導入後は従業員サーベイで公平感と学習感を定点観測する。
FAQ
Q. 年次評価を廃止すれば問題は解決しますか?
A. いいえ。 廃止は手段であり、代替となる対話と評価のルールを用意しないと混乱します。 AdobeのようにCheck-inを制度化し、マネジャー研修を並行することが必要です。
Q. OKRは日本企業に合いますか?
A. 合いますが、目標の書き方(挑戦的かつ具体的なKR)や評価切り分けが重要です。 文化としての透明性と短周期レビューが不可欠です。
Q. 目標管理をなくした日本企業の結果はどうですか?
A. 導入企業では「裁量とモチベの向上」が報告される一方、報酬決定や評価の公平性を担保する難しさも生じています。 明確な代替ルールが成功要因です。
Q. 数値KPIはもう使えないのですか?
A. 数値KPIは依然重要ですが、短期数値と長期価値を分離し、質的指標(協働・学習・倫理)も評価に入れることが推奨されます。
Q. すぐにできる改善アクションは?
A. まずは「四半期OKRの導入」「月次Check-inのルール化」「マネジャー向け対話研修」の3点をパイロットで試してください。
参照・出典
Adobe 「Why Adobe removed the annual performance review / Check-in」
- SHRM 「Stack Ranking Ends at Microsoft」 (2013年)
- Quartz 「Why GE had to kill annual performance reviews」 (2014年)
- Google re: Work 「Guide: Set goals with OKRs」
- Netflix 「Culture Memo / Keeper Test」
- サイボウズ 「給与と評価制度」
- ログミーBusiness 「目標や数字を個人に落としていく必要はない サイボウズが、離職率28%の悪循環から抜け出せた「成功循環モデル」」 (2022年)
- 日本の人事部 「目標管理をなくして従業員の活躍と組織活性化を実現
従来型の人事評価を廃止した、新しい人事制度のあり方」 (2025年)



