
働きやすい職場をつくる――離職率改善と組織強化を同時に実現する方法
離職率が改善せず、採用難が続く中、“働きやすい職場づくり”は多くの企業にとって最優先課題となっています。特に近年は、若手が企業を選ぶ際に「成長環境」や「働きがい」を重視する傾向が強まり、組織そのものの魅力が問われるようになりました。また、経営から組織強化の方針が示されるケースも増え、職場環境の見直しは人事・企画部門にとって緊急度の高いテーマとなっています。さらに、心理的負荷を示す指標の悪化は生産性やメンタルヘルス不調へのリスクにも直結します。本稿では、現場での実行のヒントを体系的に解説します。
目次[非表示]
- 1.働きやすい職場の本質とは何か
- 1.1.従業員価値(EVP)の視点
- 1.2.心理的安全性の重要性
- 1.3.離職要因をデータで把握する
- 1.4.要因別の優先施策
- 2.若手に選ばれる職場をつくる魅力設計
- 2.1.働く意義と成長機会の見える化
- 2.2.関係性がつくる“働きやすさ”
- 3.組織力を底上げするマネジメント変革
- 4.心理的負荷を改善する健康的な職場運営
- 4.1.メンタル不調の未然防止
- 4.2.職場環境負荷を下げる実践
- 5.施策を“やりっぱなし”にしない運用設計
- 5.1.PDCAではなくLXDの考え方
- 5.2.定着を促す仕組みづくり
- 6.まとめ
- 7.FAQ
- 8.参照・出典
働きやすい職場の本質とは何か
制度の充実だけでは働きやすさは高まりません。本章では、従業員が「ここで働きたい」と感じる根本的要因を、理論と実務の両面から整理します。
従業員価値(EVP)の視点
働きやすさを考える際、EVP(Employee Value Proposition:従業員に提供される価値)が重要です。給与・福利厚生だけでなく、裁量、成長機会、心理的安全性、働きがい、上司・同僚との関係など、従業員の経験全体で価値が形成されます。海外の人材調査でも、EVPが強い企業ほど離職率が低く、新規採用者のコミットメントが高まる傾向が示されています。働きやすさ向上のために様々な社内制度を追加するよりも「その人が日々経験する価値」を設計することが本質です。
心理的安全性の重要性
Google の「Project Aristotle」研究では、高業績チームの要因の中で最も影響が大きかったのが心理的安全性でした。意見を述べたり、失敗を共有しても否定されないという安心感は、離職防止やチームの創造性にも密接に関連します。日本企業では“上下関係の強さ”や“遠慮文化”が心理的安全性を阻害しやすいと指摘されています。厚生労働省の調査では、「上司と部下のコミュニケーションが少ない」「失敗が許されない」「人手不足」などの要因がハラスメント発生と関連することが示されています。これらは、心理的安全性が低い職場の特徴とも重なります。
▶図1:EVPの構成要素(概念図)
〈図1解説〉
働きやすさの価値は多面的であり、単一施策では改善しないことを示している。
実務への落とし込み
自社のEVPを4要素で棚卸しし、従業員アンケートと突き合わせると改善点が明確になる。
離職率を改善するための構造的アプローチ
離職率の改善には「どの部署で」「どの層に」離職が集中しているかを構造的に理解することが不可欠です。
離職要因をデータで把握する
厚生労働省の調査では、離職理由の上位として「賃金」「労働時間・休日」「仕事内容」「人間関係」などが挙げられており、労働時間・負荷、人間関係、キャリアへの不安といった要素に整理することができます。これらは感覚ではなく、データで把握することが重要です。部署別離職率、勤続年数別の離職、ストレスチェックの傾向、エンゲージメント調査結果を照らし合わせることで、真因が浮き彫りになります。 特に「上司単位で離職率に差がある」場合、マネジメントが主要因であることが多く、早期対応の判断に役立ちます。
要因別の優先施策
離職要因は「文化」「仕事内容」「キャリア」「マネジメント」「労働環境」に5分割できます。例えば若手の離職が多い場合、キャリア不透明さの解消や成長機会の見える化が効果的です。一方、人間関係やハラスメント兆候がある部署では、1on1改善や上司支援研修が優先されます。労働時間に偏りがある場合は業務棚卸しや業務再設計が必要です。重要なのは“原因と施策の紐づけ”であり、ここが曖昧なまま制度導入すると効果が出ません。
▶表1:離職要因と施策の対応表
要因 | 推奨施策 | 解説 |
|---|---|---|
人間関係 | 1on1・対話の設計 | 離職理由トップに関連。 |
キャリア不安 | 成長機会の明確化 | 若手の主要離職要因。 |
労働環境 | 業務量の見直し | 心理的負荷と直結。 |
マネジメント | フィードバック強化 | 部署間差が大きい領域。 |
〈表1解説〉
離職要因ごとに最短で効果が出る施策を示した一覧。
実務への落とし込み
離職データとストレスチェックを突き合わせ、「部署別の真因」を把握することが出発点。
若手に選ばれる職場をつくる魅力設計
若手は「意味のある仕事」「成長できる環境」「話しやすい上司」を重視します。本章では、それらを高める実践ポイントを整理します。
働く意義と成長機会の見える化
各種調査では、若手が企業を選ぶ際の基準として「成長できる環境」「仕事のやりがい」「職場の雰囲気・人間関係」などが上位に挙がっています。単に研修を増やすのではなく、日常業務を通じて成長実感を得られる設計が重要です。期待役割の明確化、ジョブローテーションの透明性、成功体験を積ませる業務アサインなどが効果的です。成長実感や自己効力感の高さが、離職意向の低さと関連する研究も報告されています。
関係性がつくる“働きやすさ”
若手が職場を離れる理由として、「誰と働くか(上司や同僚との関係)」は主要な要因の一つとして挙げられます。複数の調査で、Z世代は上下関係の強さよりも「対話の質」や「丁寧なコミュニケーション」を重視する傾向が指摘されています。1on1の質向上、承認の言語化、失敗を責めない姿勢は働きやすさに直結します。雑談や短時間の振り返り機会を増やすだけでも心理的安全性が高まり、離職リスクを下げる効果があります。
▶図2:若手が感じる職場魅力の構造
〈図2解説〉
“成長・意義・関係性”の3点セットで魅力が形成されることを示す。
実務への落とし込み
若手向けの「成長実感サーベイ」を四半期ごとに実施すると改善ポイントが明確になる。
組織力を底上げするマネジメント変革
働きやすさの多くは「上司との関わり」で決まります。本章では、エンゲージメント向上とハラスメント抑止の観点から、求められる管理職像を整理します。
エンゲージメントを高める関わり方
世界的に著名な Gallup の研究では、「従業員エンゲージメントの約70%は管理職の影響による」と示されています。管理職の関わり方が、働きがい・定着・パフォーマンスに直結するためです。特に効果が高いのは、①期待役割の明確化、②プロセスを認める承認、③双方向の対話の3点です。管理職がエンゲージメント向上のキードライバーであると理解し、日常のマネジメント行動を変えることが組織強化の基盤となります。
ハラスメントを生まないマネジメント
厚生労働省のハラスメント調査では、不適切な言動の多くが「悪意ではなく、指導のつもりで行った行為」が原因とされています。これは、上司が“正しく伝えたつもり”であっても、受け手が萎縮し心理的安全性が損なわれることで、職場に深刻な影響が及ぶためです。予防に重要なのは、①言動基準の明確化、②傾聴と共感、③怒りのコントロール(アンガーマネジメント)、④事実と解釈の分離といったコミュニケーション技術です。管理職が自ら安全な場づくりに努めることで、部下の相談が増え、離職リスクも下がります。
▶表2:管理職行動のチェックポイント(例)
行動 | 内容 | 解説 |
|---|---|---|
期待役割の提示 | 目標や役割を具体化 | 不安と混乱を減らす基礎行動。 |
承認 | 小さな進捗も言語化 | モチベーションと成長実感を高める。 |
傾聴 | 相手の意図を確認 | 誤解・不満を早期に発見できる。 |
感情配慮 | 言葉選びや声の調子 | ハラスメント抑止に直結する。 |
〈表2解説〉
離職防止・エンゲージメント向上に共通して効く“管理職の再現性ある行動”を整理した表。
実務への落とし込み
1on1の振り返り時に「承認・期待・傾聴」の3観点で自己評価する仕組みを導入する。
心理的負荷を改善する健康的な職場運営
心理的負荷の悪化は、生産性低下・体調不良・離職増加につながります。本章では、予防の観点から取り組むべき要点を整理します。
メンタル不調の未然防止
ストレスチェック制度が義務化されて以降、高ストレス者の割合は想定より高い水準で推移しており、数値の改善が進まないことを課題とする企業も少なくありません。 しかし、重要なのは“数値を下げること”ではなく、未然防止を目的とした職場改善です。厚労省が示す一次予防(職場環境改善)、二次予防(早期発見)、三次予防(復職支援)のうち、最も効果が高いのは一次予防です。具体的には、過重労働の抑制、役割の明確化、指示の一貫性、サポート体制の整備などが挙げられます。また、日常的に「調子の変化」を気づける仕組みとして、短時間のコンディションチェックや声かけの習慣化も有効です。
職場環境負荷を下げる実践
心理的負荷の根本原因は「業務量」「人間関係」「評価の不透明さ」「物理・デジタル環境」の4要素に集約されます。改善策としては、業務棚卸しによるムダ削減、会議体の統合、情報共有ルールの見直し、評価ルールの基準化などが挙げられます。また、集中を阻害する騒音、席配置、オンライン会議環境など、“小さなストレス”の改善も効果があります。さらに、在宅勤務・時差勤務といった柔軟な働き方を適切に組み合わせることで、個々の負荷を大幅に下げることができます。
▶図3:心理的負荷の要因(概念図)
〈図3解説〉
心理的負荷は複合要因で構成され、一つだけ改善しても全体は変わりにくいことを示す。
実務への落とし込み
主要4要因ごとに“小さな改善案”を洗い出し、1ヶ月ごとに見直す。
施策を“やりっぱなし”にしない運用設計
制度導入や研修を行っても、運用が継続しなければ効果は出ません。本章では、定着を生む仕組みづくりとLXD的なアプローチを紹介します。
PDCAではなくLXDの考え方
PDCAは改善サイクルとして優れていますが、行動変容を生むには不十分なことがあります。そこで注目されるのが LXD(Learning Experience Design:学習経験設計)です。LXDは「人が新しい行動を習得し続けるために必要な“経験”をデザインする」考え方です。働きやすさ施策にも応用でき、たとえば1on1の導入を例にすると、①意図の共有、②練習と実践、③フィードバック、④改善という“経験の連鎖”を設計することで定着率が飛躍的に上がります。“制度”ではなく“経験”を設計する発想が鍵です。
定着を促す仕組みづくり
施策が続かない最大の原因は、“属人化”です。担当者や管理職の意識に依存すると、異動や多忙で運用が止まってしまいます。定着させるには、①行動基準の明文化、②チェックリスト化、③振り返りの定例化、④テンプレートやガイド集の整備が有効です。また、施策の効果を測る指標(離職率、エンゲージメントスコア、ストレス指標など)を設定し、四半期ごとにモニタリングすることで“続けざるを得なくなる仕組み”ができます。
▶表3:施策定着のポイント一覧
要素 | 内容 | 解説 |
|---|---|---|
明文化 | 行動基準の文章化 | 属人化を防ぎ再現性を高める。 |
可視化 | チェックリスト化 | 誰でも実践できるようにする。 |
振り返り | 定例のモニタリング | 継続の阻害要因を発見できる。 |
測定 | 指標設定 | 効果を追える仕組みづくり。 |
〈表3解説〉
運用が続く組織ほど、行動基準と仕組み化のレベルが高い傾向がある。
実務への落とし込み
施策ごとに「期待行動」「確認方法」を1枚にまとめ、全管理職に共有する。
まとめ
働きやすい職場づくりは、制度を足すだけでは成果につながりません。EVP、心理的安全性、データに基づく離職分析、若手の成長実感、管理職マネジメント、心理的負荷の低減、施策の定着化という複数要素が連動してはじめて改善が進みます。特に、離職率改善に最も効果が高いのは「マネジメントの質」と「対話の設計」です。また、働きやすさは企業文化として浸透させる必要があり、LXD的に“行動が変わる経験”を設計することが鍵となります。まずは自社のEVPと離職構造の可視化から始め、段階的に改善を進めることで、働きやすく強い組織への道筋が生まれます。
FAQ
Q1:離職率改善の最初の一手は?
A:部署別の離職率・ストレスチェック・エンゲージメントを突き合わせ、どこに課題が集中しているかを可視化することです。原因ごとに優先施策が異なるため、最初の分析が成否を分けます。
Q2:若手定着に最も効く施策は?
A:成長実感の提供です。期待役割の明確化、こまめなフィードバック、挑戦機会の付与が揃うと離職リスクが大幅に低下します。制度よりも“日常の経験”がポイントです。
Q3:心理的安全性を高める簡単な方法は?
A:定例の1on1を短時間でも実施し、「承認→質問→振り返り」の3ステップを行うこと。小さな対話の積み重ねが安全な雰囲気につながります。
Q4:管理職育成でまず強化すべき点は?
A:傾聴・承認・期待役割の明確化です。これらはエンゲージメント・離職防止・ハラスメント抑止に共通して効果があり、最も費用対効果の高いマネジメント強化ポイントです。
Q5:施策が“やりっぱなし”になるのを防ぐには?
A:行動基準の明文化とチェックリスト化が有効です。さらに、効果指標を設定し、四半期単位で進捗を振り返る仕組みをつくると自然に継続されます。



