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教育コストを削減するためにできること——効果を落とさず投資対効果を最大化する実践法

社員教育は「必要だがコストが重い」と多くの企業が感じている領域です。  特に近年は、採用投資の限界による育成重視への切り替え、DX・AI・リスキリング投資の増加に伴い、研修費・教材費・人件費の負担は増大しています。  しかし、安易なコスト削減は人材の質を損ね、企業競争力を下げる危険があります。  本稿では、教育効果を下げずにコストを最適化するための考え方と実践手法を解説。  企業事例を通じて、「投資対効果を高める仕組み化」と「教育の持続性」を両立するポイントを明らかにします。  

目次[非表示]

  1. 1.教育コストを削減すべき「本当の理由」と現状
  2. 2.教育コストが膨らむ原因
    1. 2.1.目的不明確な研修設計
    2. 2.2.集合研修依存による固定費化
  3. 3.効果を落とさずにコストを削減する5つの手法
    1. 3.1.① モジュール化と社内講師制度
    2. 3.2.② eラーニングと実践セッションのハイブリッド化
    3. 3.3.③ LMS/学習プラットフォーム活用
    4. 3.4.④ 教育の全社統合・教材共通化
    5. 3.5.⑤ AIによる教材自動作成
  4. 4.教育投資の「選択と集中」設計法
    1. 4.1.重点戦略に直結するスキルから投資
    2. 4.2.再現性の高い学習構造に集中
  5. 5.社員の自己研鑽に頼りすぎない
  6. 6.戦略的に削減を“継続する”仕組み
  7. 7.教育コスト削減に潜むリスクと防止策
    1. 7.1.育成文化の希薄化、社員のモチベーション・教育効果低下
    2. 7.2.短期ROI偏重による教育の形骸化・陳腐化
    3. 7.3.育成担当者の疲弊・モチベーション低下
  8. 8.まとめ
  9. 9.FAQ
  10. 10.出典・参考資料

教育コストを削減すべき「本当の理由」と現状

教育費を削減する目的は“コストカット”ではなく、“投資最適化”にあります。  
産労総合研究所の「2025年度 教育研修費用の実態調査」によると、従業員1人あたりの教育研修費用は36,036円で、昨年度より1,430円の増加。 また、今後1~3年の教育研修費用については、約6割の企業が「増加する見込み」と回答しており、人的資本経営による人材育成投資の必要性、教育体系の見直し、社員の増加などが主な理由に挙げられています。 増え続ける教育投資に対し、組織成果に基づく最適化が行えないことは、企業にとって大きなリスクとなります。

教育コストが膨らむ原因

多くの企業で不必要に教育コストが膨らむ背景には、制度設計・運用・評価の三段階における非効率が存在します。  

目的不明確な研修設計

目的が曖昧なまま「前年踏襲」で研修を実施しているケースはいまだ少なくありません。  行動変容・成果指標が設定されていないため、効果検証も困難になり、その結果「続けること自体が目的化」して非効率なコスト構造が固定化します。  

集合研修依存による固定費化

オンライン化が進んだとはいえ、講師派遣・会場費・交通費など、集合研修の固定費は依然として大きな割合を占めます。  特に全国展開する企業では、同一内容を複数回実施する非効率が生まれます。  

  ▶表1: 教育コストが増える主な原因と影響

原因

主な影響

対策の方向性

  目的不明確

  効果測定不能・継続疲労

  行動目標設計の明確化

  集合研修偏重

  固定費増・稼働ロス

  ハイブリッド学習化

  運用分断

  現場の巻き込み不足

  経営・現場・人事の連携強化

非効率は目的設計と運用連携の欠如に起因します。  

スキルの寿命が短いDX時代のいま、学ぶべきスキルは増え続ける一方です。  貴重な投資を行う育成施策については、「なんのためにこの研修を行うのか」を行動レベルで明確化し、効果測定を組み込むことを改めて意識しましょう。  

効果を落とさずにコストを削減する5つの手法

e-learningの進化や研修のオンライン化によって、講師・教材費や交通・会場費は削減に成功している企業は比較的多いようです。 一方LMSは、導入しても人事部員の行動が変化しないことでさほど人件費の削減につながらない、また、活用できずLMSの運用を外部に委託するという事態も見受けられます。  

また、研修個別ではなく教育体系全体の見直しをはかる企業も近年増えていますが、見直しにおける「全社統合」「AI分析」「標準化」の背景には、コスト減少を超え、学習の効率効果や組織成果の向上を目指す意図があります。  

 ▶表2: 項目別費用削減手法

費用項目

削減の代表的手法

  講師・教材費

  モジュール化・社内講師育成

  交通・会場費

  オンライン・ハイブリッド化

  運営人件費

  LMS統合・自動運用

  管理間接費

  AIレポート生成・データ連携

① モジュール化と社内講師制度

ソニーグループでは、約400名の社内エンジニアが講師として登壇し、14の技術領域で約400科目の研修を提供。 各社で共通して利用できる研修プログラムや教材の整備を行っています。  

一方で社内講師制度導入にあたっては後述するリスクが考えられるため、コストの単なる「削減」というより、教育の「構造転換」と考えて、社内知識の蓄積と共有文化定着などのメリットを訴求し、防止策を設計することが重要です。

② eラーニングと実践セッションのハイブリッド化

DX時代の急速に変化するスキル要件に対応するため、多くの企業がeラーニングを導入しています。 一方で効果の担保には、全教育施策をeラーニング化するのではなく、「知識習得=eラーニング」「実践・対話=集合研修/ワークショップ」のハイブリッドが必要です。 ①e-learning ②実践ワークショップ ③OJT/上司伴走の三段構成により、受講効率・受講満足度・現場定着の向上が認められています。

③ LMS/学習プラットフォーム活用

研修運営に関する人材コスト(受講者案内や進捗管理)を削減するのが一般的なLMSの効果ですが、近年では従来HRDプロフェッショナルが担っていた、より高度なキュレーション機能を代替するシステムも登場しています。

日立グループは2022年にLXP(Learning Experience Platform)を活用した、リスキリング・アップスキリングを支援する学習環境を導入しました。 LXPには外部e-Learning教材や最新のWeb記事、社内研修・社内ツールなどのさまざまな学習コンテンツが登録されており、登録してあるスキルや職種、学習履歴に合わせてAIがコンテンツをリコメンド。 利用すれば利用するほど、そのユーザや組織に適したプラットフォームとして成長するとされます。

④ 教育の全社統合・教材共通化

近年、研修体系を見直し、部門を超えて統合する動きが増えています。 グループ内教材の共有、重複研修の削減によるコスト効果はグループが大きいほど増加するため、大手企業にとっては必須の検討ポイントといえます。 また、部門を超えたハイポテンシャルの特定や、質の高い成長支援や最適配置を行うために集約的な育成施策に切り替えるという、より戦略的な側面もあります。

花王は2024年、「脱マトリックス型組織運営」を図り、より迅速に意思決定ができる人財を重要なタスクに集め、スクラム型のアプローチを強化すると発表。 部門を超えて多様な人財に「公平な機会の提供」を行うための、花王テクノスクールやDXアドベンチャープログラムなど、組織横断の学習プログラムを整備しています。

⑤ AIによる教材自動作成

EdTechの進化により、生成AIを用いた教材自動作成を導入し、講師資料作成時間を削減する動きも拡大しています。 とくに社内講師による教育施策が増えた場合、社内講師の負荷を下げ、教材の質を担保するソリューション・仕組みの整備は不可欠です。 たとえば動画生成AIソリューションのNoLangは、既存の研修資料からアバターとテロップ(字幕)の付いた動画を完全自動で作成できる新機能を発表しました。 医学教育の現場で、論文や医療情報を30秒の解説動画に変換する機能が注目され、医学生の予習教材や講義の補助資料として活用されています。

これら著しいソリューションの進化を人事がどれだけ把握し、自社での活用方法を模索できるかは、教育の投資対効果改善度に大きく影響していくでしょう。  

教育投資の「選択と集中」設計法

日本の企業は従来、階層別研修など全社員を対象にした教育に手厚い傾向があります。  ここでは、すべての教育を平等に維持し「全員に薄く」するのではなく、「重点層に深く」して投資対効果を最大化する、戦略的な「選択と集中」について紹介します。  

重点戦略に直結するスキルから投資

DX推進・新事業開発・グローバル展開など、企業の重点戦略に直結するスキル領域から優先的に投資を行います。  これにより教育投資が経営成果に紐づき、社内合意も得やすくなります。  これには、育成の優先順位について経営層との目線合わせや、戦略実行に必要な人材ポートフォリオの現状とのギャップ分析が重要です。  

▶表3:スキル優先度マトリクス

経営貢献度\希少性

  高

  投資集中領域(重点戦略遂行人材)

  維持投資領域

  低

  自主学習領域

  廃止・外部化検討領域

人材ポートフォリオの現状ギャップ分析には、まず部門で、粗くてもよいので将来の人材需要や現状のスキルギャップの仮説をつくりましょう。 例えば「海外での新事業」が重点戦略とすると、サービス領域や国ごとに需要を想定し(例: Xタイプの製品の開発をX人体制で進める必要がある)、現状とのギャップ仮説を策定します(例: いまYタイプの技術者しかいないため、開発期間がX年とすると日本から最低15人を派遣しないと間に合わないが日本でXタイプの技術者が不足してしまう。 対策としてZタイプの技術者をリスキリングしてXタイプの技術者として戦力化できるかもしれない…)。 こうした解像度のレベルでギャップ分析を行うことで、重点強化スキルが正確に特定できます。 

再現性の高い学習構造に集中

OJTなど属人的な要素は最小限にし、前述したような体系的に展開可能な「モジュール化研修」に移行することで、再現性と効率性を高められます。 求められるスキルが複雑化・陳腐化しやすい現代、継続リスキルが行いやすい環境づくりが重要なため、こうしたモジュール化は育成効果においても有益です。  

社員の自己研鑽に頼りすぎない

欧米企業のような「自主学習」中心へシフトする企業も見られますが、放任では効果が出ません。  日本の社会人の学習時間が先進国で最低水準なことは有名であり、学習時間を確保する制度的支援がなければ非現実的といえます。  また、「自分で学べ」という文化が進みすぎると、職場環境や上司の理解によって、格差が拡大します。  社内教育の目的である戦略的な人材育成を成功させるには、教育の公平性を維持し、成長経験の提供責任を企業が持つことが必要です。  

別コラムで紹介しているような自律学習時間を勤務時間内に組み込む制度や、「上司との1on1レビュー」の義務化など、学習時間の担保と現場実践を支援する仕組みを設計しましょう。

戦略的に削減を“継続する”仕組み

教育投資のPDCAを自動化することで、コスト削減を一過性で終わらせないことも重要です。  「削減の仕組み」を持つ企業が、教育の質を保ちながら継続的な最適化を実現しています。  

既出の日立グループのように、AIによるスキルマッピングと受講分析を連動させ、必要な学習経験/教育施策を自動更新できるEdTechが台頭しています。

また、教育施策の成果を定量的に評価し、成長領域に重点的に人材投資 、経営層がレビュー結果をもとに投資判断するような、経営層による投資最適化サイクルを回すことが重要です。

教育コスト削減に潜むリスクと防止策

教育コスト削減は、投資効率化の一方で、中長期的な競争力低下を招くリスクを伴います。  特に短期的な費用削減を優先しすぎると、教育の短期化・形骸化が起こって社員のモチベーションやスキル定着率が下がり、再構築コストが逆に膨らむケースもあります。  削減方針を打ち出す前に、「何を守るか」を経営と共有することが第一歩です。  

育成文化の希薄化、社員のモチベーション・教育効果低下

教育を「削る対象」として扱うことで、社員に「会社は人材育成を重視していない」というメッセージが伝わります。  結果、学習意欲や自己研鑽意識の低下につながることがあります。  ある国内製造業では、集合研修を全廃してeラーニングのみとした結果、受講率が60%まで低下。  その後、上司によるフィードバック面談の再導入社内コミュニティ制度で持ち直しました。  

また、外部講師の研修には「お金を払っているプロから学ぶ」という緊張感が醸成されたのに対し、社内講師に切り替えたとたん、“いつでも聞ける人”という認識から学習の集中度が低下したり、“社内の人が言っているだけ”として軽視されるというケースも見られます。  社内講師自身の指導スキル(とくに演習へのフィードバック)の低さや、偏りのある研修内容(講師自身の“再現性のない成功談”への終始や「社内のノウハウの焼き直し」など)から教育効果が落ちるリスクもあります。  

これらを防ぐには、単なるコスト削減ではなく「学びの場」を残す設計や、研修目的に応じた内部・外部講師の戦略的選択、社内講師の品質管理が必要です。  

▶表3: 社内講師の品質管理施策

施策

概要

講師スキル研修の必須化

教育設計(インストラクショナルデザイン)、ファシリテーション技術、成人学習理論(Andragogy)、伝わるスライド作成、Q&A対応力、学習効果測定について最低 20〜30時間の研修+試験を実施。  

外部プロの「教材監査」

年1回、外部専門家が教材をレビューし、最新動向とのズレをチェック、誤り・偏り・過度な社内文化依存を排除。  

社内講師を“公募制”に

指名制は、断れない・モチベーションが低い・必要スキルがないなどの問題が起こるため、公募して適性・能力・意欲のある社員を講師にする。  

短期ROI偏重による教育の形骸化・陳腐化

教育効果を短期で測定しようとすると、本質的な、戦略や経営目的に紐づく行動変容が起こっているかの視点が抜けやすくなります。  行動レベルでのゴールを予め現場を巻き込んで定義したうえで、効果測定・投資最適化を行うことが重要です。  

とくに社内講師制度においては、外部講師は複数企業の事例・ベストプラクティスを比較して提供でき、専門領域の最新情報・業界動向・他社事例を常にアップデートしているのに対し、社内講師はその視野の比較的狭さや、業務優先のため専門知識の更新が追いつかず内容が古くなるリスクが指摘されているため、より注意が必要です。  これは、変化のスピードが速く、2〜3年で陳腐化するといわれるデジタル領域(DX・AI・データ活用)などのテーマについては致命的です。  同様に、インパクトのある変革テーマも社内講師と相性が悪く、DX推進やマネジメント改革、働き方改革、心理的安全性、組織開発、新規事業、経営視点・戦略思考、リーダーシップ変革といった領域は外部講師のほうが説得力が高く感じる受講者が多いようです。  

競合優位性のある人材育成には、研修テーマごとに社内講師の適切性を見極め、基礎スキルや業務スキルは社内講師、専門性・最新トレンド・変革テーマは外部講師、といったハイブリッドモデルを構築しましょう。  

育成担当者の疲弊・モチベーション低下

コスト削減により人事・育成担当者のリソースが減少すると、施策の企画力や分析スキルが更新されないリスクがあります。  また担当業務がなくなる、削減されることで担当者のモチベーションが下がるケースも散見されます。  
対策として、LMS導入後に育成担当者を分析や教育設計など、より高度な業務担当へ再配置しましょう。 とくにAIによる学習施策の自動更新・個別のキュレーションが可能になれば、AIの示唆の妥当性や経営効果を分析し改善策がとれる人事担当者は必須です。 LMS導入には並行して、人事のマインド・スキル改革も行いましょう。  

また社内講師制度では、社内講師を担う人は通常の業務も抱えているため、本業のパフォーマンス低下や業務遅延のリスク、時間確保の困難による講師役の準備不足、ミドル層の「講師役と通常業務」の二重負担による離職リスク、などが指摘されています。  これらの防止には、研修準備の時間も業務として正式にカウントすること。  また社内講師評価制度を構築し、社内講師のモチベーションが落ちないよう、本業KPIとは別件で、“特別手当”または“ポイント制”で評価することをおすすめします。  

まとめ

教育コスト削減の本質は「無駄の削除・支出の圧縮」ではなく「価値の集中」です。  

筆者が人事改革の一環として教育のオンライン化や運営人件費の削減に取り組んでいた際、現場担当者の抵抗やモチベーション低下に少なからず遭遇しました。  何のために教育投資の最適化を行わなければならないか、関係者間でしっかり認識合わせしたうえで、コスト削減に取り組むことを強く推奨します。  教育コストの見直しは、戦略的重要度の高いスキルへの集中投資や、システム導入による学習効率/効果の向上、データ分析による示唆導出、人事担当者のより高度な業務(分析や学習設計、現場での行動促進など)への集中など、コスト削減にとどまらない大きな価値をもっています。  

今後、AIによる教育設計自動化・スキル分析、データドリブン育成へのシフトはますます加速が見込まれます。  教育の生産性を意識し、新ソリューションの模索・活用をためらわない企業は、教育コスト見直しによって大きな競争優位を生み出すことができます。  

FAQ

Q1: 教育費削減で最初に見直すべき領域は?
A: 集合研修の固定費です。  オンライン化や共通教材化を優先的に進めると効果が高いです。  

Q2: AI活用による教育効率化は現実的ですか?
A: はい。  AIによる学習履歴分析や教材推薦の導入で、再教育の削減につながります。  

Q3: 社員の自己学習を促す仕組みは?
A: 社内学習プラットフォームの導入や、学習ポイント制度など、モチベーション支援が効果的です。  

Q4: 教育を内製化すると講師品質が下がりませんか?
A: 初期段階では研修が必要ですが、講師育成制度を整えることで中長期的に安定します。  

Q5: 教育費を削りすぎると離職率が上がりませんか?
A: 学習機会を奪うとエンゲージメントが下がる傾向があります。  削減前に「守る教育」を決めましょう。  

Q6: 教育投資の効果測定はどこまで必要?
A: KPIは「受講満足度→行動変化→業績影響」の3層で追うのが現実的です。  

出典・参考資料

宮下 洋子
宮下 洋子
同志社大学文学部卒業、TiasNimbus Business School(オランダ)MBA。兵庫県神戸市出身 サイコム・ブレインズにて若手から経営層、海外ナショナルスタッフまで幅広い層を対象に、育成ソリューションの企画・提供に従事。その後コンサルティングファームにてDX人材・(デジタル)マーケティング人材の育成、タレントマネジメント制度構築、人事総務改革、業務改善・効率化(BPR・BPO)等に携わり、事業・業務の変化トレンドをおさえた機動的な人材育成・組織改革に注力する。

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